森の危機

翌日。
私は朝起きていつものように朝食を作っていた。
八百屋の奥さんにもらった野菜をサラダにして盛り付けていく。
ちょうどよい時間に2人が起き、変わりなく朝食を食べて一緒に学校に向かう。
今日は雲一つない快晴だ。
何一つ異変はないのに気持ちがざわざわとして落ち着かない。
昨日の新聞の記事がどこかで頭に引っかかっているが、それだけだ。
私の周りは何もかもいつも通りだった。
 
 
―――――――――――
 
平和で穏やかな森の上空に一つの影あり。
「おっ!なかなか大きな森だな」
ヒューと口笛を吹きながらその影は杖を取り出す。
杖は属性魔法を持つ者なら誰もが所持する自分だけの唯一無二の物。
風に乗って運ばれて来た葉を指2本でつかみ、何も唱えず火を付ける。
「本当にこんなので見つかるのかよ
杖で葉をもてあそび、杖を振り下ろす。
真下は生い茂る森の木々。
葉は火が消えることなく目にも止まらぬ速さで落下していく。
「仕事終了!
上機嫌に言い放ち、影はその場から一瞬で姿を消した。
一枚の葉は森の中でゆらゆらと炎を揺らして少しずつ拡散していく。
すぐに異変に気づいた森の生き物たちは慌てふためいた。
為す術がない動物たちは一羽の鳥に希望を託す。
鳥は勢い良く一つの場所を目指して飛び立った。
 
 
―――――――――――
 
本日2時限目は苦手な属性魔法の授業。
今日は教科書を使っての授業のため、黒板とにらめっこだ。
私は一通りノートを書き終え、空を眺めていた。
窓側の席で日差しが眩しいほど入り込み、陽気が心地よい。
しばらくぼーっと眺めていると窓をつつく音にハッと我に返った。
!?
正体は森にいる一羽の鳥。
窓を開けてやると鳥は私の指に止まる。
鳥の話を聞くと一気に血の気が引いた。
そんなことあるわけ…。
「カトレットさん?どうかし
「先生っっ!!もっ森がっっ…!!
「森がどうかした?」「森がっ森が火事にっ!!
一瞬にして周りがざわついた。
こういう時どうしたらいいんだろうか。
パニック状態で全く頭が働かない。
!!…それは本当ですか?」
「間違いないです
鳥がわざわざ私に嘘を言いに来るなんてことあるわけない。
「分かりました。あなたを信じましょう」
先生は一拍置いて大きく深呼吸をする。
「このクラスで水属性の魔法が使える生徒は今すぐ森へ!!他の人は町民を非難させて!!
その瞬間、一斉に窓からみんなが飛び立った。
「他のクラスに応援を頼みますね」
先生は教室を出ていき、校内全体に放送を入れる。
その後すぐに学校のあらゆる窓から生徒たちが森をめがけて飛んでいった。
こんなことならば学校を休んで森にいるべきだった。
嫌な予感はしていたのに…。
じっとなどしていられない。
私も森へ行こうと窓のサッシに足をかける。
ここから森まで距離はあるが、煙が上がっているのは確認出来る。
早く行かないと…!
飛び立とうとしたところで誰かに後ろから腕を掴まれた。
いつの間にか戻ってきたミセル先生だ。
「行かせてください!!
「あなたが行って何が出来るの?」
確かに私は水の属性魔法は使えない。
火を消すこともできない。
でもあそこには私の住む家があってハクがいて…。
共に過ごして守ってきたたくさんの命がある。
「待ってるだけなんて出来ません!!!
逃げている動物たちを誘導することくらいは出来る。
先生の腕を振りほどき、窓から空へと飛び立つ。
だが先生にかなうわけはなく、行く手を阻まれた。
「先生っ!!行かせて下さいっっ!!
こんなの嫌だ。
森にあるものは何一つ失いたくない。
私にはあそこしかないのに…。
「あまり強引なことは好きじゃないんだけど…」
そう言いながら先生は私の顔の前に手をかざす。
「!?
気づいたときには遅く、私は眠りの魔法をかけられた。
「先っ……」
私は抵抗する間もなく眠りに落ちた。
 
 
―――――――――――
 
「ルリちゃん!?
火事の放送を聞き、エリオルと彼女の教室に急いで向かうと先生が彼女を抱き抱えていた。
「ちょうどよかった。彼女を保健室に連れて行ってくれませんか?」
「一体何が…?」
「森に行こうとしたので無理やり止めました」
賢明な判断だ。
数日一緒に過ごしただけだが、彼女がどれだけ森を愛しているかよく分かった。
今行けばどうなるか…。
「ライルさんだったかしら?お願い出来ますか?」
「分かりました」
先生から彼女を受け取る。
「先生力持ちですね」
彼女は軽いが、大人の女性だと軽々と持ち上げるのは難しいだろう。
「魔法ですよ。私に筋肉があるように見えますか?」
「見えないから聞いたんですよ」
 魔法にそんな使い道があるのか…。
「では、私は森の方に行ってきます。カトレットさんのこと、よろしくお願いします」
先生は窓から外へと飛び立った。
 「そんじゃ、保健室行こうか。重かったらかわるよ?」
 「平気だ」
なぜかエリオルは横でニヤニヤ笑っている。
 「なんだ?」
 「別にぃ~」
よく分からないが、なんだか無性に腹が立つ。
目を覚ました時、彼女になんて声を掛けたら良いのだろうか。
昨日新聞で見たことが目の前で起こるとは…。
俺に出来ることはあるのだろうか。
保健室に入ると、白衣を着た柄の悪そうな男がいた。
おそらく、ここの保健医だろう。
事情を話してベッドに彼女を寝かそうとする。
「あー…そっちじゃなくてあっちの方にしてくれ」
保健医が指差した方へ視線を移すと、保健室のベッドにはそぐわない物がついている。
「これ…手錠?」
「ミセルに無理やり止められたんだろ?起きたらパニック状態で森に向かっちまうからな」
予想ではなく、固定的な言い方だ。
彼女のことをよく知っているのだろうか。
保健医が言うのは最もだが、少々抵抗を感じる。
「俺たちが起きるまで側にいますから」
このまま保健医に任せてこの場を離れようとは思っていない。
「止められなかったらどうする。力はお前らの方があっても魔法で振り切られたらおしまいだろうが」
確かに空を飛ばれたら俺たちは捕まえるどころか、追いつくことすら出来ない。
叫んで呼んでも耳は貸してはくれないだろう。
「…でもこんなの魔法でいくらでも壊せちゃうんじゃ…」
「お前馬鹿か?ここをどこだと思ってる。魔法学校だぜ?」
「はぁ!?
馬鹿にされたエリオルはむっとふくれる。
「魔法使いしかいねぇんだよ。魔法で壊せないように出来てるに決まってるだろが。分かったら早く寝かせろ」
俺は言われた通りにベッドについている手錠を彼女の両腕につけて寝かせた。
鎖の長さからしてある程度の自由はきくみたいだが…。
少しだけ悪いことをしているような罪悪感に苛まれる。
「うぅ…ごめんよルリちゃん……」
エリオルが何度も謝っていると、突然電話の音が鳴り響く。
学校の内線電話のようだ。
「はい、保健室です。……あー…すぐに行きます」
保健医はガチャリと電話を切り、俺たちの方を見る。
森の騒動に関することだろうか。
「悪いが呼び出しだ。しっかり見張ってろよ」
「はっ!?
「多分23時間もすれば起きるだろう。それまでには戻って来る。余計なことするなよ」
念を押すように言って保健医は去っていった。
「……なにあいつ!!むかつく!!
馬鹿と言われたことなど無いに等しいだろう。
腹が立つのも理解できなくはないが…。
「俺たちに出来ることはない。彼女が起きるまでここにいるつもりだったんだから問題ないだろ」
エリオルは渋々近くにある椅子に座った。
森の方はどうなっているのだろうか。
魔法生たちが沢山いるとはいえ、あれだけ広い森だとすぐには鎮火しないだろう。
起きた彼女にどんな言葉をかけたら良いのだろうか。
言葉を探しながら俺は彼女を見つめていた。