過去

私は夢を見ていた。
うろ覚えになっていた思い出したくない昔の記憶の夢。
忘れちゃいけないことでいつかきっと必要な記憶だけれど…。
出来ればもう少し思い出したくなかった。
それは私がルリ=カトレットになる前の夢───。
 
 
10年前。
私はヴィオルの町よりも小さい町の外れにある森で両親と暮らしていた。
母が森の管理人でとても美しい森だった。
私たちは緑のある環境がなくては生きていけないと小さいながら思ったのを覚えている。
不便なことはたくさんあったけど、何一つ苦ではなかった。
母は魔法使いで父は武器使いだった。
母は優しくて料理が上手く、父は強くてたくさん遊んでくれた。
幸せでいっぱいだった。
そんなある日、絶望と別れは突然やって来た。
いつものように3人で楽しく夕飯を食べていた晩のこと。
夕飯を食べ終えた私は、その時まだ子馬だったハクにエサをやりに外へ出ていた。
母にハクの世話は全て私がするように言われ、暇さえあればハクとずっと一緒だった。
その日もいつも通りハクが人参を食べているのを私は眺めていた。
その時、家の扉を蹴破る凄まじい音が森中に響き渡る。
何が起きたか分からず、私はしばらくその場から動くことが出来なかった。
とにかく今は家の中に入ってはいけない気がした。
こっそり影から覗き込むと、立派な服を着た男の人たちが外にたくさんいた。
みんな同じ服装で、何かの集団なのは分かった。
家の中からは家具や食器が床に落ちる音がずっと聞こえている。
私は息を殺してハクとじっとしていた。
『……リ……ルリ!!
母からテレパシーが送られて来る。
『お母さん!!
私は心の中で必死に叫ぶ。
この時はまだ魔法能力はなかったが、こうすれば声が届くと教えられていた。
『ルリ…。ハクと一緒に逃げなさい』
思っていた通りの答えが返ってきた。
今母と父の元へ行ってはいけない。
私が行ったところで両親を困らせるだけ。
『でっ、でもどこへ!?
『ここからずっと真っすぐ西に向かうのよ。ヴィオルの森にたどり着くわ』
『ヴィオルの…森』
そんな森の名前聞いたことがない。
『そこの管理人ならきっと力になってくれるから』
『お母さんたちは……?』
『私たちは大丈夫だから…』
『嘘っ!!
いくら小さい私でもそれくらい分かる。
『ルリ…お願い…逃げて生きて』
『お母さんっ!!
そこで母の声は途切れた。
あの人たちに見つかる訳にはいかない。
私は涙をこらえてハクに乗り、ひたすら西を目指した。
どのくらい離れているかも分からないヴィオルの森を目指して―――。
 
 
電話の鳴る音が遠くで聞こえる。
「エリオル、電話」
「くそっ!!あの保健医め!
私は目を覚ましてうっすらと目を開けた。
今のは夢…?
あまりにも鮮明な夢だった。
懐かしい両親の顔と忌まわしい記憶。
「起きたか?」
目の前にはライルさんの顔があった。
突然現実に引き戻され、状況を飲み込もうと辺りを見渡した。
「あっ!ルリちゃん起きた?なんか俺たちに用があるみたいだから行ってくる」
「あぁ」
エリオルさんはどこかに行ってしまったようだ。
「…私……」
なんで私保健室で寝てるんだろう…。
こんなこと初めてだ。
「大丈夫か?ずいぶんうなされていたようだが…」
「あまり思い出したくない夢だったので…」
意識がはっきりとしてきたところで私は重大なことを思いだした。
こんなところで寝ている場合ではない。
「も、森はっ!?私行かなくちゃっ!!
「おい…」
勢いよく起き上がると、後ろへ腕が引っ張られた。
同時に聞こえたのはガチャンという金属音。
私はその時初めて自分の腕に手錠がつけられていることに気がついた。
「…っ!
腕に手錠の跡がつき、鈍い痛みが走る。
「大丈夫か…?」
「なんで!?
確か問題児が問題を起こして止められた時に寝かされるベッドだ。
まさか問題児扱いされるとは…。
「ライルさん!…外せ…ないですよね…」
鍵穴ないし…。
魔法使い用だから魔法で壊すことは不可能だ。
どういう構造になっているのだろうか。
「すまない」
「いえ…私の方こそ…」
森の様子も全くわからない。
こんなことをしている場合じゃないのに…。
非力で属性魔法すらまともに使えない私が広大な森を一人で守れるわけがなかったんだ。
そう思ったら涙が溢れてきた。
「……れなかった…」
「えっ?」
「……守れなかった」
いつの間にか声に出していた。
ライルさんは戸惑った顔をしている。
何一つ出来ずに迷惑ばかりかけて私は何をしているのだろう。
「森はここの生徒が対応している。自由になるまで俺でよければ…話を聞くが…」
「…えっ?」
予想外の言葉だった。
「一人で森の管理人をしていたのも何か理由があるんだろ?…無理にとは言わないが…」
起きるまで側にいてくれて話まで聞いてくれるなんて…。
こんな面倒くさいこと関わりたくないと思うのが当たり前。
放っておかれても恨んだりしないのに。
どうしてそこまでしてくれるの…?
「いいんですか…?いい話じゃないですよ」
「それで君が少しでも楽になるなら」
「……ありがとうございます」
彼になら少しだけ話してもいいような気がした。
 
 
「森の前の管理人はセゼーヌ=カトレットという人でした」
ゆっくりと言葉を選んで話していく。
10年前、セゼーヌさんは途方に暮れていた私とハクに手を差し伸べてくれました。温かくて笑顔が素敵なおばあさんでした」
昔の夢を見たせいか、鮮明にあの頃の記憶が蘇ってくる。
「私にカトレットの姓を与えてあの家に住まわせてくれて…」
「その人は今どこに?」
「元々心臓が悪かったようで4年前に亡くなりました」
もう会いたくても会えない人…。
「それで君が管理人を引き継いだと?」
「はい…セゼーヌさんは私を信じて任せてくれたのに……」
情けなくて顔向けできない。
失った命だけは戻ってこないのだ。
「君は十分守っていた。数日だが、君がどれだけ森を大切にしているのかが分かった。自分を責めてはいけない」
「ありがとうございます…」
私はそれしか言えなかった。
この言葉にすがる事は出来ないけど、励まそうとしてくれる気持ちには応えたいと思ったから。
「おっ、起きたか」
保健医のディゼオ先生が入ってきた。
私を一度見ると、ライルさんに視線を移す。
「お前がライルだな。ミセルが呼んでる。相方も一緒に職員室にいるから行ってこい」
ミセル先生が…?
「分かりました」
そう言ってライルさんは保健室を後にした。
「ずいぶんとしょぼくれてんじゃねぇか」
「ごめんなさい…」
「なんで謝る?」
「だって…私じゃなくて先生だったら守れたかもしれない」
先生の名前はディゼオ=カトレット。
セゼーヌさんと血の繋がった孫なのだ。
本来なら私よりも信頼出来、森の管理人を引き継ぐべき人。
「ばあさんはお前を選んだんだ。4年も一人でよくやってたと思うぜ?」
先生は窓を開け、煙草に火をつけて空を仰ぎ見た。
「それに、あんな不便な所願い下げだ」
そんなの嘘。
私に気を使ってわざと悪く言っているのだ。
「森の火は無事鎮火した。中心から円形に4分の3焼けたとよ」
「円形に…?」
どう考えても不自然だ。
「町民にも手伝ってもらったが、普通の水じゃ全く消えなかった」
「それって…」
「あぁ。火事の原因は魔法だ。犯人は魔法使いか、フィルストーンを使った人間か…。最近の原因不明の火事と関わりがありそうだな」
魔法で作られた火は魔法で作った水でないと消せない。
「許せないっ…」
「気持ちは分かるが、落ち着け。お前が森にいる時じゃなくて良かった」
先生はぽんと私の頭の上に手を置く。
また涙が出てきそうなのをこらえて私は小さく頷いた。
「あの2人が戻ってきたら手錠外してやる。もう少し待ってろ」
思いは募るばかりだった。