序章 エルフの里

エルルとセレスが、森の奥深く、エルフの里に迷い込む‥‥

         ・
         ・
         ・
         ・
         ・
         ・
「まいったな」
 大きな黒い瞳が困ったというように歪められた。
 顔面いっぱいの大きな1ツ目。他には鼻も口も耳さえもなく、豊かな髪だけが1ツ目を隠すかのようになびいている。
 薄汚れた白地のマントで全身を覆い、フードを被ったその姿は細く高く、腰より長い髪を併せて、男とも女ともとれる風体だ。
「ちょっとぉ、ココさっきも通ったよ」
 少女がウンザリという口調でそれをとがめる。年の頃は10くらいか、キラキラと輝く栗毛が肩に広がり、顔立ちも整ったきれいな娘である。
 皮のワンピースにヤッケ、ブーツにショルダーバッグという丈夫で動きやすそうな服装は、いかにも旅の子供を思わせる。
「あんなおじいさんの言う事、真に受けるなんてどうかしてるわ!」
 そう、街道を急いでいた二人は、石に座っていた老人が『近道』と言う脇道へ入ったのだった。それがいつの間にやら森の奥深く、こんな山道へとなってしまったのだ。
 見るからに人の良さそうな老人で、他人を騙すような人間には見えなかったのだけれど。
 秋真っ盛りという季節なのに木々は青々としており、常緑樹なのか地域的な気候によるものか、よくわからない。ひしめくように連なる樹木と緑葉のせいで、通れるのかどうかもわからないような藪を突き抜けていく2人。
「近道しようって言ったの、誰だっけ?」
 1ツ目がため息混じりにそう言うと、少女は口をとがらせた。
「そうやって人のせいにするのって、よくないと思う」
 口だけは達者だな、と1ツ目は目を細めて笑った‥‥笑っているように見てとれる。
 手をつなぎ、2人は鬱蒼とした森の中で道に迷っていた。




 
 
 
『蒼い瞳のエルル』

 
「エルフの森の赤い炎」

 
作:南柱骨太



 
 
 
序章 エルフの里

 
その世界が魔に支配されて数千年。それはまさに真と魔との争いの歴史でもあった。真は魔に、魔は真に打ち勝つためにあらゆる手段を用い、あらゆる法を取り、あらゆる力を生み出していった。
 しかしその高度な文明は汚い欲にかられ、やがて自滅の途を辿る。
 さらに文明の生き残りは人間だけではなかった。文明により作られし者ども、合成生物や異形生物、機械生命体たちも生き残り、確実にその世界へとけ込んでいる。
 そして現在、人類と機械人類が永きに亙って戦いを繰り返しているこの激しい時代を、不思議な2人組が旅をしていた。誰が見ても奇妙な取り合わせと思うであろうその2人は、何かを求めて北へ向かっている。お互いに心を寄せ、助け合い、傷を舐め合う、おかしな2人が‥‥。
「絶っっっ対、この道は違うと思う!」
「‥‥そうだっけ?」


 
 
 2人は急に開けた場所に出た。するとそこにはいくつかの人影があり、一瞬の間をおいて悲鳴とともに散っていく。
「きゃーーーっ!!」
「ひぃ~~~っ!」
「出たぁ!」
 ――――等々。
 そして最後にそこに取り残されたのは、美しいエルフの娘だった。
 緑に輝く美しい黒髪、そしてつき出た長い耳。切れ長の目には涙をにじませ、質素ながらも美しい手織の衣に身を包んで、切り株にしゃがみ込んだまま1ツ目を見上げている。
「ん??」
「お願いでございます。もう里を荒らすのはおやめ下さい。その代わり、私を自由にして下さって結構です」
 それだけをふり絞るように言うと、エルフの娘は手で顔を覆い、泣き出してしまう。
「‥‥はぁ?」
「なに? これ、人身御供ってやつ?」
 少女もいっちょまえに冷静な判断を下す。
「らしいな。人違いしているようだ」
「どうする?」
「好きにしていいって言ってるんだから、好きにしてみようか?」
「ぷぷっ、いいんじゃない」
 真面目な顔をして冗談を言う1ツ目に、少女はふきだしてしまう。
 とはいえ、真面目だろうがふざけていようが、1ツ目の表情はたいして変わらないような気もするが。
「いや、私達は通りすがりの者だ。よかったら訳を聞かせてもらえまいか?」
「‥‥え?」
 むせび泣いていたエルフの娘は、ひざをつき目線に下りてきた1ツ目の目を見て、おびえながらも泣き止んだ。たしかに恐ろしい生物なのである。
 モノエルル――――と呼ばれるこの1ツ目の生物。森に住み、生き物の精気を吸い殺してしまうといわれているのだから。この世界では悪魔、邪精霊並みに恐れられている妖鬼である。その妖鬼が目の前にいる、これはけっこう恐ろしい。
「恐がらなくてもいいんだよ。エルルはね、人を襲ったりしないから」
 本人が言うより、少女が言った方が説得力があろうというものだ。
 少女に背中をなでられて、よけい泣き出す娘。これでは話が聞けない。
 辺りを見回すが、他の人影は逃げ去ったようで気配も感じなかった。
「申し訳ありません、取り乱してしまいまして」
 少し落ち着いたのか、娘はすぐに泣き止んで話し始めた。
「実はこの先にエルフの里があるのです。ところがその里を何者かが荒らし始めまして、やめて欲しければ娘を差し出せというのです。それで‥‥」
「エルフの里?」
 そでを引く少女に、モノエルルは教える。
「エルフはね、森で暮らす種族で他から襲われないように結界を張るんだ。そうして誰も入れないようにするんだけどね」
 普通のモノエルルだとそんな結界、効かないんだけど。さすがにそこまでは言わない。そこまでは人間は知らなくて良いことだ。これはモノエルルの“常識的”な判断。
 常日頃から少女に「エルルは言葉足らずなんだよぅ!」と責められる一端でもあるけれど。
「え? そこに入ってくるの?」
「そうなのです。もう少し奥に魔物が住み着いたってウワサもありますし」
 当たり前な少女の疑問に、素直に応えるエルフの娘。こちらは非常時で混乱しているのか、言わなくていい事まで口を滑らせる。


 
 
 その時であった。
<<どうした! 貢ぐのは娘ひとりのハズだ!!>>
「声?」
 辺りに響く妖しい声。どこにいるのか判別ができない。森の木々に響き渡るその声は、まぎれもなく魔法によるものだ。
<<余計な者はただちに立ち去れぃ!>>
「いいんです」
 謎の声に娘はまた泣き出した。
「こうする以外に、里を守るすべはないのですから‥‥」
「しかし、この声の主は人間のようだぞ」
 モノエルルは周囲を見回してポツリと言った。種族として精気や気配などには敏感なのである。そして右手の方を凝視した。
「いた。1人だ」
「え?」
 娘は怪訝そうな顔をする。
「どうやらエルフの娘を誘拐して売り飛ばす連中みたいだな。エルフは高く売れるからね」
「そんな‥‥」
 普通なら怪物と恐れられるモノエルルの言葉など信用などできない。
 しかし娘は混乱のためか素直に信じ込んでしまっていた。そしちぇそれを裏付けるように‥‥。
<<どうした。ただちに立ち去れ‥‥うわっ?!>>
 いつの間に移動したのか、少女が声の許へ行ったようだった。
「エルルぅ! やっぱり人間だよぉ!」
<<こいつ!!>>
 小枝がバキバキと音を立てる。少女を捕まえようと暴れているらしい。
 しかし少女も身が軽い。ヒラリヒラリとかわしながら、エルルと呼んだモノエルルの所に舞い戻ってきた。それを追ってきた不精髭の男とモノエルルの目が合う。
<<‥‥っひい!>>
 この距離に近付いてなお、魔法の声が響いているのが、なんだかマヌケだ。
「お前たち‥‥」
 モノエルルが手を伸ばして男をつかもうとした時、どこからともなく飛来した矢がエルフの娘を貫く。的確に左の胸を狙っている。
 娘は声もなく静かに倒れた。
「えっ?!」
 咄嗟のことでモノエルルは一瞬、動揺してしまう。
 気配や魔力を感じることのできる彼にとって、さらなる人数の存在は本当に予想外だったのだ。おそらくは、そういったものから隠れられる魔法か何かだろう。
<<ふはははは、ざまはないな。これ以上犠牲を増やしたくなければ手を引くことだ。しょせんエルフにはなにもできないからなぁ>>
 別の声が辺りを取り囲むように響く。
 不精ひげの男も、いつの間にやら逃げてしまっていた。そこに残ったのはモノエルルと少女、そして動かなくなったエルフの娘だけである。
「しまった、もう一人いたのか」
「エルル! それよりお姉さんが!」
「わかっている! セレス、少しおまえの生気をもらうぞ」
「うん!」
 モノエルルが娘の胸の矢を折って抜く。そして娘の胸に手をかざした。細く長い4本指だ。
 そしてその上にセレスと呼ばれた少女が手をかざす。
 モノエルルの手がかすかに光りだした。


 
 
「長老、どうしましょう?」
 エルフの若者は老人に聞いた。ここエルフの里に先程の魔法の声が響いて、邪魔者と娘の死、そして代わりの娘を差し出せとの通告があったところである。
 エルフたちは中央広場に集まり、それぞれ青い顔をして長老を中心に話し合っている。人数にして30人程、エルフの里にしては多い方うだろう。
「うぅむ、サティアにはかわいそうなことをした。しかし邪魔者とは‥‥」
 運が悪いというか、そんな状態の里に入ってきたのがモノエルルと少女、エルルとセレスであった。エルルはエルフの娘を抱きかかえている。
 非力なため、少し距離があったため少しばかり怪しい歩みだったが。
 里のエルフたちはざわめき、モノエルルを恐れて道を空ける。
「お、お前はっ!!」
 振り返った若者が凄む。
「あなたが居合わせた方ですかな?」
 若者を制し、老人がエルルに問うた。エルルは黙って娘を若者に渡す。
「傷は治しておきました。疲れていますので、ゆっくり寝かせてあげて下さい」
「なんで邪魔をしたんだ! せっかく里が守れるところだったのに!! せっかくサティアが‥‥」
「お前は黙っておれ!」
 興奮している若者を老人は一喝した。
 若者はしぶしぶと後に引く。そして娘を家に運んでいった。
「どういうことだか説明していただけますかな」
 老人は気丈にもまっすぐエルルの1つしかない目を見た。おそらくは初めて見るモノエルルだろうに、恐ろしい魔物に相対するは里の長としての責任感からだろうか。
「私たちは偶然通りかかっただけです。そして娘さんは彼らの矢に射貫かれましたが、私が治療しました。傷も残らないはずです」
「それでは魔物たちとは関係がないと言われるのですな」
「魔物‥‥? 魔物ではありません。エルフの娘を狙った悪質な人間の仕業です」
「人間ですと?!」
 老人は驚いた。恐れて遠巻きに伺っている他のエルフ達もざわめき始める。そして口々に疑いやエルル達への非難をもらし始めた。セレスはムッとする。
「本当だもん! 私、見たもん!!」
「まさか人間とは‥‥この結界内に入ってくるとは信じられん。して、サティアを治したとは、あなたは魔法でもお使いなさるか」
「私は旅の医師です。つい森を抜けるつもりで迷いこんでしまいました」
「おぉ、ひょっとして。あなたがウワサの魔法医師殿ですかな」
 ウワサとは早いものである。もうこのような所まで広まっていようとは。
 そう、エルルは北に向かいながら、立ち寄る町や村で病人・ケガ人を治療して旅の路銀を得ているのだった。どんな医者に見放された病人でも、たちまち治してしまうと世間に伝えられている。
 一部ではモノエルルだと伝えられているものの、そういった細かい部分までは伝わりにくいようである。それに騒ぎを恐れて、マントのフードで顔を隠している事が多いせいもあるが。
「魔法ということもありませんが。たいがいの病人やケガ人は治せると思います」
「ならばあなた方のことも信じなければならないでしょう」
 そう言って老人はにっこりと笑った。顔中に走るしわが、さらに深くきざまれる。
「長老! いいんですか?!」
「魔物の手先じゃないのか?」
 エルフの里の人々は、なおも疑いや非難を浴びせかける。中でも最初にいた若者はひどかった。戻って来るなり、キッパリと断言してしまう。
「いや、こいつも奴らの仲間に違いない。我々を安心させるためにサティアを連れて来たんだ。騙そうったって、そうはいかんぞ!」
 まぁ、言い切る言い切る。白々しいほど。気丈ではあるが純真なセレスには堪えたのか、プッツリ切れてしまった。
「なんでそんなコトわかるのよ! エルルのこと何も知らないクセに!!」
「わかるさ、モノエルルじゃないか。どうせ魔物だか人間だかの手先として、我々を襲うつもりだろうが!」
「そんなコト‥‥そんなコトないもん!!」
 とうとう泣き出してしまうセレス。泣くセレスの肩を抱き、クスッと笑うエルル。
 いや、笑ったかどうかは判別つかない。
「そうですね、私がここにいても騒ぎになるだけのようですね。早々に退散するとしましょう」
「エルル!!」
 泣いていたセレスが心配そうに見上げる。涙をグイと拭って。こういう気丈なところは『彼女』にそっくりだ。
「いいんだよ。それじゃ、戻る道を教えてもらえますか」
「そうですか、ご好意にそえなくて申し訳ない。またお近くに寄られたときには、ぜひお立ち寄りいただきたい」
 もっとも、エルフの結界に再度入れればの話だが。