第2章 山賊

エルフの娘を奪おうとしていたのは、人間の山賊たちだった!

第2章 山賊
 
 そうしてエルルとセレスは、エルフ達の冷たい視線の中、ふもとの村への道を教えてもらってエルフの里を出た‥‥が。
 セレスはまだ機嫌が悪そうだ。そんなセレスを見、エルルは小さく笑った。
「まだむくれているのかい? さ、さっきの場所に急ごう」
「‥‥さっきの場所?」
 呆気にとられるセレス。
「そう、人間達にこれ以上エルフの里を荒らさせないように」
「そんな!!」
 セレスは猛烈に反発する。普通に考えれば当然かもしれない。あれだけ冷たい仕打ちを受けたのだから。
 しかしエルルの優しい笑顔がセレスを説得した。
「セレスはエルフのお姉さんが売られていく、かわいそうな場面を平気な顔をして素通りできる、そんな冷たい女の子だったかな?」
 そうだった。どんな相手に対しても徹底的に甘い、策謀を疑いもせず善意を信じる、それがエルルだったんだと。
 ここはエルルに従うしかない。長い付き合いでそれは充分にわかっているセレスである。
「よろしい。セレスは優しい子ですね」
 アンタは『甘い』って言うんだよ。――セレスの舌打ちは、エルルには聞こえないようだった。
 
 
「へへへ、今度は邪魔も入らねぇようだな」
「しかし気を付けろ。モノエルルは只者じゃない」
「わかっとるって。しかしエルフたちの野郎、あんなのを雇ぉておったとはねぇ」
「おーおー、かわいい娘じゃないけ」
 男たちはいやらしい笑みをこぼしながら、それでも辺りに気を付けて、怯えて声も出ないエルフの娘に手械を付ける。
 革のチョッキを着、継ぎ当てだらけのズボンをはいた男たちは、皆一様に無精髭で長いボサボサの髪を後ろでまとめている。そして手や腰には思い思いの剣や斧を持っていた。
 いかにも「山賊です」という連中が3人である。
 森の中ではあるが、ここだけ木がなく、空が見渡せる。周囲は所狭しと木々がひしめき、鬱蒼と薮が茂っていて、どこから狙われるかわからない。
 そんな場所だからこそ、山賊たちは取引の場にここを選び、周囲から様子を窺うことができるのである。そしてムダ口を叩きながらも周囲に目を光らせ、手筈も素早くソツがない。
 こういう荒事に慣れているのだと推察できる、そんな3人だった
「よし、さっさと連れて行こう。また邪魔が入ると面倒だ」
 そう言うと、一人の痩せた男が懐から布を取り出し、広げた。
 薄く、透けるような青い布、それを娘に掛けようとする。
 ‥‥その時。
 
「お前ら、やっぱり人間だったんだな!」
 
 茂みの中から飛び出したのは、エルフの里の若者だった。先頭切ってエルルに食ってかかっていた男である。
 若者は細く長い、それでいて鍛え上げられたと思われる剣を振りかざし、山賊たちに切りかかった。
 魔物程では無いにしろ、人間の山賊が3人である。明らかに無謀な行為だが、娘を救おうという逆上した上での行動だった。
「妹は渡さんぞ!」
 しかし種族的に非力なエルフのこと、山賊の一人が受けた斧でなぎ払うと、あっという間に跳ね飛ばされる。剣は痩せた山賊の許へ突き立った。
「ほぅ、これは珍しい。エルフの鍛えた剣か」
 男は剣を抜き取り、倒れたままの若者に近付くとニヤリと見下した。
 若者は怯えてすくみ上がっているのか、逃げることすらできない。剣を逆手に持ち、振り上げて男は笑った。
「フフッ、弱い奴は弱いなりに生きておればいいものを‥‥」
 そしてそのまま、若者の胸に突き立てた。剣は若者を貫いて、大地に深々と沈む。
 若者は声もなく、大量の血を吐き、苦しみにもがき、そして動かなくなった。
 それを目の当たりにし、娘は狂ったように叫びだす。
「いやあああぁぁぁ! お兄ちゃん!!」
 山賊たちは慌てて、暴れる娘を押さえ込み、鈍撃で黙らせた。
 そして先程の青い布でくるむと、不思議なことに娘は見えなくなってしまう。見えなくなった娘を体格の良い山賊の一人がかついで、三人はそそくさと薮へと分け入っていく。
 
 
 薮に消える三人が遠くから見て取れた。
「エルル! あれ!」
 先を走るセレスが剣に倒れた若者を示す。エルルは大きな目を歪ませて苦悶の表情を見せた。精気が感じられないのだ。
「ここはいいから、セレスはあっちへ行った連中を!」
 しかし駆け込んだセレスは若者の状態に驚き、そこで踏み留まる。
「で‥‥でも‥‥」
「いいから。連中の居場所を確認したら、戻って来なさい。無理に近付くんじゃないよ?」
「う‥‥うん!」
 うなずいてセレスは薮の薄そうな所を選んで、先程の山賊たちを追った。
 息を切らして、エルルはやっと若者の許へたどりついた。
 胸に剣を突き立て、周囲に血の池を作って、ピクリとも動かない若者。しかも剣は大地に突き刺さり、うかつに抜く事もかなわないようだ。
 頭から足へ、特に胸の傷回りを丹念に、手をかざして回るエルル。
 心臓は止まってはいるが傷はない様子。しかし手足の末端から精気が失われつつある。間に合うだろうか。
 血の池の中、エルルはいかにも非力そうなそのか細い手を差し入れ、剣ごと若者を抱き起こす。
 マントの下から取り出したタオルを背中に突き出た剣に当て、気合いとともに剣を抜き取ると、若者の体がビクンと反応した。これはまだ間に合うと判断できる。
 呼吸を整える間もなく、剣を杖代わりに若者と自身を支えるエルル。もう少し鍛えないといけないな、と常日頃から思ってはいるのだが。
 今はそれどころではない。
 若者を寝かせ、剣を捨て、大きく深呼吸をして、両手を天にかざすエルル。
『空よ雲よ、森よ大地よ。生きとし生ける物、全てに願う。この若者を助ける力、私に分け与えよ!』
 呪文か何か、人間の言葉ではないものをエルルは唱えた。
 
 その瞬間‥‥。
 
 それまで頬を撫でていた風が、ふと止まった。微かにざわめいていた木々が静まった。獣や鳥や虫達のささやき声が静まった。エルルを中心としたかなりの範囲が沈黙で包まれる。
 まるで、全ての物がエルルと若者を注目しているように。
 そして天にかざされた両手が光りだす。エルルは恍惚の表情を瞳に湛え、視線とともに両手を若者に落とす。同時にエルルの目が苦悶に歪んだ。
 光はエルルの手から若者に移り、全身に広がる。そして次第に末端から消えていき、最後に胸の傷に集まって消えた。
 
 
「レディンの奴が剣を持って出たじゃと?」
「はぁ、アインの息子が見たそうです」
 エルフの里。長老に仕える老人が男に確認する。
「まさか‥‥先程のモノエルルを追って行ったのか?」
「いえ、サティアの代わりに遣ったリーンを追ったのではないかと」
「魔物だか人間だかと戦うつもりか? バカな事を‥‥」
 そして老人は長老を窺う。
「どうしましょう? 連れ戻しますか?」
「‥‥待て」
 その時、広場の切り株に座ったままの長老が、何かに気付いた。
「静かだ‥‥何じゃこれは‥‥?」
 お付の老人も、男も、女たちも、その場に居た全てのエルフが周囲を見回す。
「何だ? 何も聞こえない‥‥」
「やだ、何これ‥‥」
 鳥の声も、獣の息遣いも、遠くを流れている川のせせらぎも、木々を抜ける風の音さえも聞こえない、全くの静寂。
「一体‥‥森に何が起きているというのじゃ?」
 長老のつぶやきやエルフたちのざわめきも、静かな森に吸い込まれるように消えていく。
 
 
 モノエルルは生物の精気を食らう妖鬼として知られている。
 エルルも多分にもれず、精気を糧として生きている。しかしエルルはその能力を高め、精気の移動や集中を可能にし、ケガや病気を治してしまう能力を身に付けているのだ。
 傷は精気を与えることで見る間に治し、病気はその原因部分だけを死滅させること等で回復できる。
 どんな医者に見放された患者でも、エルルの治療で治ることもあるのだ。そうしてエルルは、旅の路銀を得ているのであった。
 そして今、周囲のあらゆる精気を集め、若者の傷を癒したのである。
 エルルの身体は今この時だけ本来のモノエルルに近付き、その大きく黒い瞳は蒼く透き通るような色に変わっていた。長時間は無理なのだけれども。
 
 
「よし、傷はこれでいい」
 エルルは次に心臓に手を当てる。‥‥動いていない。
 心臓は止まっているが、若者の体には精気がみなぎっているので、動かし始めるのにさほど労力はかからない。
 軽く電撃魔法を何度かかけ、セレスが戻って来る頃には、力強く拍動を始めていた。
「もう大丈夫」
 そう言ってセレスに笑いかけたエルルの顔は、ひどくやつれており、血と泥でマントもドロドロだ。セレスもそれを見て苦笑する。
 まったく、こういう事には外聞も考えないんだから。