第3章 炭焼き小屋

vs山賊たち

第3章 炭焼き小屋
 
 セレスに呼んでもらった里の人に若者を頼み、エルルとセレスは山賊を追った。
 エルフの若い衆は自分らも手を貸すと言ったのだが、大勢では目立つとエルルが断る。そもそも強力な魔法師とかが居なければ、エルフの5人や10人居たところであの山賊たちには太刀打ちできないと考えたからだった。
「大丈夫、助けてみせますよ」
 と笑う(ようには見えないが)エルルに押し切られた。
 ちょっとの間にげっそりと痩せこけ、薄汚れてはいたが白いマントを血まみれに染めたエルルの様子に恐れた部分もあるのかも知れない。
 そしてセレスの案内で、息を切らせながらエルルがたどり着いたそこは、街道に近い小屋であった。元々は炭焼き小屋だったのだろうか、壊れた釜があり、小屋の周辺から山に向けて森が切り払われている。
 しかし道もないような森の中、いくら街道に近くてもこんな場所に入る人間はいないだろう。もっとも知っていなければ、あるのかどうかもわからないような場所ではあるが。
「‥‥あ、あそこか」
 息を切らしながらエルルは小屋を見据える。
 モノエルルは呼吸などしない。なので息を切らす訳もないのだが、何か魔力とか生命力の関係で“息が切れる”状態になるのだとか。
 その辺り、人であるセレスには想像もつかない現象である。
「うん、それと右の戸の方へエルフの女の人、入れてたみたい」
 なので気にせず応えた。
 木造の平屋建て、左が窓付きの部屋、右が納屋か倉庫なのだろう。これは見付からずに近付くのは難しそうだ。エルルもう~~~ん、と唸る。
「男たちは4人いたわ」
 エルルが悩んでいると、セレスが思い出したようにそう言った。
「‥‥何とかなるかな?」
「なるんじゃない?」
 元々、とことん楽天的なはずのエルルが神妙なのがおかしくて、セレスは思わず笑いがこぼれる。
 エルルは大きく息を吐き、呼吸を整えると(これも謎の動作だが)、立ち上がって歩き出した。正面から行っても、なんとかなるだろう。
 しかし見張りもいないのだろうか、小屋までだいぶ近付いたが、誰も出てくる気配はない。それどころか、半分開いたドアから男たちの笑い声が聞こえてくる。
 と、エルルが呆れていると‥‥
(エルル、そこ!)
 セレスがエルルのマントを掴み、小声で注意する。
 よく見ると、蜘蛛の糸ほどの細い見えない糸が、ここから小屋に向かって張り巡らせてある。おそらく端には警戒魔法の“虫”がいるのだろう。糸が切れたら“虫”が大声で鳴くとかいうやつだ。
 そういえば山賊の1人に魔法使いがいた。油断はしてないという訳だ。
(‥‥お前、酔ってはいないだろうな?)
 何か思い当たる節があり、エルルはセレスに問いただす。
(さぁ? 何のことかしら?)
 スッとぼけるセレス。
 そしてそのまま、警報を避けて納屋の方へ向かった。
 小屋の山賊は任せるというコトらしい。仕方なく警報をくぐり抜け、ドアに向かうエルル。
 セレスは納屋を覗き込み、エルルにOKのサインを送っている。エルフの娘はセレスに任せるとして、エルルはノックもなく、ドアを開けて乗り込んでいった。
「お邪魔しますよ」
 
 
 セレスが扉もない納屋に入ると、まずいことに山賊のいる部屋と納屋は下げムシロ一枚の戸口でつながっていた。
 手早くしなければ。
「あ、あなたは?」
「しっ!」
 エルフの娘を制して、セレスは早速、手械に取り組む。娘は硬い木製の手械・足枷でつながれ、手械から伸びる鎖の端は壁の釘に固定されている。
「助けに来たの。すぐ外すから」
 それだけ小声で言うと、セレスは笑って見せた。
 金庫や錠のような金属製の立派なものではなく、あくまでも当人が素手で外せない程度の木製の鍵である。
 大丈夫、これならなんとか。
「なんじゃあ! おらァ!!」
 むこうの部屋から怒声が響いてくる。
 
 
 こちらでは山賊たちが、突然現れたエルルを牽制していた。
「こ、ここまで来て無事に帰れると思ぅとんかい!」
「たらかしたるでぇ!」
 どことも知れない言葉で邪魔なイスを蹴り倒し、それぞれの剣や斧を構える山賊たち。どうせ強奪したものだろう、小剣・長剣・斧など、てんでバラバラだ。
 右から左から切りかかってくる山賊をひらりとかわす。エルルに近寄った時点で精気を吸い取られ、虚脱しているのでかわすのは難しいことではない。
「エンジ、クロナ、何やっとんじゃ!」
 先の二人はへばってしまい、満足に立ち上がることもできない。
 正面の男もそれを見て恐れたか、怒声を張り上げるばかりでかかってくる素振りはない。
 その時、エルルは隅に立つもう一人の山賊に気付いた。
 この痩せた男は剣を構えていない。それどころか剣を下げてもいない様である。――魔法使いはこの男か?
「うらぁ!」
 剣を構えた男が大声と共にその剣を振り上げた。
 その瞬間。
 エルルが剣に注意を向けたその時、見えない何かがエルルを吹き飛ばした。壁に激突し、床に崩れ落ちるエルル。
 声の砲弾、衝撃波の魔法であった。
 声にならないうめきを上げ、起き上がるに起き上がれないエルルを見下し、その痩せた魔法使いはもう一人に指示する。
「納屋にかわいいお客さんが来ているみたいだ。こっちは任せて、あっちを頼む」
「‥‥そ、そうけ? じゃ、頼みゃぁ」
 少し安心したように、剣を下げたまま男は納屋に向かった。
「ま、待て‥‥」
 しかし、床にうつぶせたまま、どうにもならないエルル。
 痩せた男は、低く笑いながら腰袋から巻き紙を取り出す。
「へっへっへ、これがあのモノエルルかい? 言われてるほど恐ろしいモンじゃねぇぜ」
「うっ‥‥く」
 壁に叩きつけられたために、意識もままならない。
 しかも痩せた男の掲げる巻き紙には、何らかの精霊召喚のものであることが見てとれる。媒体を使用する召喚であれば、それ相応の規模であろう。今のエルルに、それを防ぐ手立ては何もない。
 しかも納屋ではセレスが山賊に襲われようとしている。
 エルルは気ばかり焦り、悔しさをこぶしで握り潰すしかなかった。
 
 
「ふぇへへへぇ、お嬢ちゃん、おいたはいかんじょお?」
 山賊は納屋に入って来るなり、下卑た笑いでセレスに近付く。
 セレスの方はといえば、やっとこさ足枷が外れたところであった。
「何よっ、近付いたらひどいわよっ!」
 どこからともなくあふれる自信で、セレスは山賊をにらみ付けるが、山賊は気にせず歩を進め、セレスに手を伸ばした。
 子供相手に油断もあったろうが、山賊のゆるりと伸ばした手をつかむと、セレスはそのままクルリと身を翻し、山賊の腕を後ろ手にねじり上げて膝を裏から蹴りつけた。
 山賊は短い悲鳴とともに床にひれ伏す。
「がっ、この野郎!!」
 女の子相手に野郎もないものだが、腕を開放された山賊が起き上がった時には、腰に下げた水筒を飲み干したセレスがいた。
「ぷはぁ~~~っ」
「うっ‥‥酒?」
 山賊が気付くくらいだから、相当の酒を飲み干したようだ。
 みるみる上気するセレス。そしてすわった目が、山賊をにらみ付けている。
 その時、隣の部屋で火の手が上がったようだった。明るく、チラチラと揺れる光が、下がっているムシロごしに差し込んできた。
「エルル!!」
「こンの、娘っ子がっ!」
 立ち上がりざま、セレスに手を伸ばす山賊。そしてその手をつかみ返し、セレスは叫ぶ。
「邪魔よっ、アンタ!」
『大地に眠るあまたの力、我が身の前に助力たしなん!』
 セレスは呪文のような聞き取りにくい言葉を唱え、少女にあるはずのない恐ろしいほどの腕力で山賊を振り回し、ムシロの向こうの部屋に放り投げる。
 そしてセレスは隣に駆け込んだ。
 
 
「うぉう?!」
 ふいに飛んできた男をよけることも出来ず、痩せた男はもんどりうって倒れた。
「エルル??」
 次いで駆け込んだセレスは、燃えているエルルを見た。
 周囲は焦げるだけで燃えていない。エルルだけが燃えている感じだった。セレスはそこにピンとくる。
(火の精霊!)
 精霊召喚魔法には、それぞれの魔法に応じた精霊との契約が必要なのだ。つまり術者自身が魔法解除しないと、行使された精霊召還魔法は他者が解除できないのをセレスはなぜか知っている。
 そしてこの火の精霊は契約により召還され、与えられた魔力に応じた火力を保ち続けるだけだ。
 どうすればいいか。
 山賊が召喚した精霊よりも強力な解呪の魔法を使うなり、水や氷の精霊を召喚すればいいのだが、そうすると火中のエルルもただでは済まないだろう。
 迷ったあげく、セレスは氷結の魔法を使った。1度では無理でも、2度3度と続ければ火の精霊も弱って消えるはずだ。
 早くしなければ、と慌てていたセレスは山賊たちのことをすっかり忘れていたようで、投げ飛ばされた男が、顔を真っ赤にしてセレスに飛び掛かるのに気付かない。
 男の大きな手が、セレスの両肩をがっしと掴んだ。
「うわぁ!」
 とっさのことで、反撃も逃げることも出来ず、持ち上げられて締め上げられる。
「エルル~~~!」
 燃えるエルルを助けることもできず、このまま終わってしまうのか‥‥そう思うと、不意に溢れ出る涙で世界がにじんでいった。
 
 
 じゅう。
 焼ける音と男の悲鳴が上がるのは、ほぼ同時だった。
 髪の毛の焼けた、イヤな匂い。そしてセレスは男の手から解放され、その場に落ちて尻餅をつく。
 何が起こったのか、セレス自身つかみかねていた。
 見上げると男は燃える手で、後ろから頭を掴まれている。そしてその場にうずくまると、悲鳴とくすぶる煙をあげながら顔を押さえて床を転げ回る。エルルは薄らいだ炎の中で手を引くと、今度は転げる男を踏みつけようと狙っていた。
「‥‥‥‥あ」
 何事か信じられない様子のセレスは、何か言おうとするのだが、身体中の力が抜けてしまっていて、声にならない。
 炎の中のエルルはそれに気付いたか、男を足で狙ったまま、セレスに向かってニッコリと微笑んだ。――――相も変わらず、そうとは解り難い1ツ目だが。
 部屋の端では、痩せた男が恐れた様子で逃げようとしている。それにエルルが気付いた時にはもう薄汚れたガラスを割って、男が窓から外に飛び出たところだった。
 そしてエルルを包む炎が、とうとう消えてしまう。
 ここぞとばかりにエルルは叫んだ。
「カリナ、あいつを逃がすんじゃない!」
「あっ‥‥あぁ!」
 茫然としていたセレスが弾かれるように立ち上がり、小屋の扉から外へと駆け出した。同時にセレスの背後で悲鳴が上がる。「もうやめて」と言わんばかりの、疲れたような情けない悲鳴。
 ‥‥エルルの奴、結局踏んだのか。
 怒ったエルルは恐いよな、と苦笑しながら逃げた男を捜すセレス。
 逃げ出した男を見付けるのに、さほどの労力は要らなかった。自ら仕掛けたであろう警戒魔法を響かせながら逃げている上に、開けた場所を一目散に逃げているのだ。男の姿もはっきりと見てとれた。ひと息ついて、セレスは言葉を紡ぐ。
『天の星屑よ、大地の母よ、我が道を開くべくその大いなる力を我に示せ。神々の従者、カリナの名において命ず‥‥‥‥ただしちょっとだけよ』
 セレスは耳障りな聞き取れない言葉を唱え、魔法を発動させる。それは短縮魔法言語と呼ばれるちょっと高度な術式。
 
 
 セレスのいる所からはだいぶ遠い、とある遺跡。
 そのはるか地下に眠っていた大昔の設備が起動を始めた。
[ >>コマンドセット。目標座標送信開始 ]
 さらには、セレスのはるか上空、俗に衛星軌道と呼ばれる空間。
 太陽の光を身体いっぱいに受けていた人工衛星が、おもむろに動き始める。
『座標確認。エネルギーチューブ出力0.0003%。‥‥発射』
 そのレーザーは多少の熱を感じる程度の出力であったが、レーザーの軌跡は水蒸気や酸素のイオン化を招き、電位の道を作るのだ。そして高空に集まった静電気が収束し、電位の道を辿る。
 俗に言う雷、という気象現象である。
 
 
 そして地上。セレスは男を指差した。
『かの者に一撃を‥‥サンダーブレーク!!』
 その言葉が終わるや否や、天空からひとすじの光が男めがけて降り注ぐ。
 バリッ、ドーン! まるで雷のごとき咆哮を上げて直撃したそれは、男の足を止めるのに充分な威力を見せたようだ。まるで、じゃなく雷そのものを使う古代魔法のひとつなのだが。
 後には倒れてうめいている男がいるだけだった。
「やった! ‥‥あ、あれ?」
 喜ぶより先に、セレスはガクンと足元から崩れ落ちる。
「おっと」
 それをエルルが後ろから支えた。急いで来たようで、息を弾ませながら苦笑している。その表情からはわかりにくいし、息を切る理由も不明だが。
「さっきから高等魔法ばかり連発だからな」
「こんな子供の身体でなければ、こんなヤワじゃないんだけどな」
 情け無さそうな声を上げながら、セレスはハッと気付く。
「魔法が使えるって事は、やっぱりお前‥‥それにさっき、カリナと呼ばれて返事したな」
 セレス、大汗をかく。それも見るからにどっさりと。
「いや、あの、その、なんだ、それは、その‥‥」
 ふふふ、と声を上げてエルルは支えている右手と逆の手で、セレスの頭を撫でて言う。
「うん‥‥無事ならいいんだけどな」
「‥‥ごめん」
「それより、セレスは自分が二重人格のカリナだということは知っているの?」
 セレス――いやカリナは困ったような顔で答えた。
「‥‥いや、ハッキリとは知らないはず。酒に酔えば何かが起きて、事態が何とかなる‥‥それくらいの認識みたいだ」
 非力なくせに、エルルはセレスをよいしょ、と抱き上げる。
「ちょ、ちょっと!」
「ま、おいおい話していくさ」
 抱き上げられるのは子供扱いで不本意ではあるけれど、まだ満足に動けないセレスはされるがままでしかなかった。
「いい娘だよ‥‥この娘は。優しくて、よく気付いて、前向きで」
「それもお前の一部さ、カリナ」
 
 
 カリナとは先年、南の王国を滅ぼしかけた悪名高き魔法使いである。
 名も無き魔導師に滅ぼされたという話であるが、実はエルルにより助けられ、10歳の頃の身体にその魔力と心を封印されているのであった。しかし魔法にはまだ未熟だったエルルのこと、その封印は綻びだらけで、セレスが酔ったり気を失った時に現れるという次第である。そう度々ではないけれども。
 10歳までの記憶と身体しかもたないカリナ――セレスはそのことを知らない‥‥‥‥ハズなのだが、言動とか記憶とか経験則とか色々とどこかおかしい様子なのだった。
 
 
 ホッとしてエルルの肩に頭を預けるカリナ。
 ‥‥ザラッ。
 よく見ればエルルはあちこち焼け焦げだらけだ。カリナは慌てる。
「エルル! お前!」
「あぁ、大丈夫」
 目を細めてエルルは笑う。
「火炎鳥‥‥ファイバード程度でよかったよ」
 件の鳥、火山などの灼炎に住むファイバードは、その炎をエルルに吸い取られ、小屋の中で気絶してひっくり返っている。精霊ではなく精霊種という身体を持つのに精霊扱いという変り種だ。
 ちなみに純粋な精霊は肉体を持たないので、普通の人には見えないのだが。
「無茶、しやがって」
 表情を歪め、カリナはエルルの焦げた頬を撫で、焼け縮れた銀髪を漉く。
<<それじゃ、今度はどうかな?>>
 辺りに響く、魔法の声。