夏休みはイベントがたくさん。
好きな子や恋人のいる子たちは、これから沢山の思い出をこの夏につくるんだろうな。
「はんっあたしには関係のない事だ」
などと、堀川瑞希(ほりかわみずき)もそんな風に考えている時期がありました。
ところが一学期も終わりに近づいたある日。
いつもの様に瑞希は所属している空手部の朝練に向かい、いつもの様に下足箱を開けた瞬間に人生が変わった。
上履きの上に丁寧に折りたたまれた紙片が置かれていた。
「――んっ?」
しかめ面をして瑞希は、ひょいとその紙片を手に取る。
折りたたまれたそれを広げてみると、決してうまくはないけれど丁寧に言葉がつづられていた。
突然の手紙を書いたことをお許しください。
ずっと以前から堀川瑞希さんのことが好きでした。
ただ、どういう風にこの想いを伝えていいかわからず、
そうこうしている内に時間がどんどん過ぎてしまい、
夏休みが始まる前に、どうしても伝えたくて筆を執りました。
もしよろしければ瑞希さんと、
お友達からでも構いませんのでお付き合いできればと思います。
二年三組 仏光寺輝夫(ぶっこうじてるお)
女子が回しあう様な飾り気のある手紙というわけではない、ただ便箋にボールペンか何かで書かれただけの文章。内容もいたって実直なものだ。
読み返して、まだこの手紙が何を意味しているのか瑞希の頭は理解がおよばなかった。
仏光寺晃といえば、吹奏楽部に所属している瑞希のクラスメイトだ。瑞希の頭の中には黒縁のメガネをかけているという以外、特にこの少年の印象は無かった。
そのクラスメイトの少年が瑞希に、告白をしてきた。
読み返しながら、ようやく事態をちょっとずつ把握し始める。
瑞希の頬はどんどんと朱色に染まっていった。
「あたしの事が、ずっと以前から好きだったって? ははははっ……何かの冗談だろ?!」
ボーイッシュなショートヘアの前髪を掻き分けながら、たまらず天を仰いだ。
中学高校と空手部に所属して、恋愛っ気のかけらもないようなあたしが。
いままでだって告白とか全然されたこともないし。
――そんなんおかしーし。柄じゃなねーし……。
そう思うと急に気恥ずかしさを覚えた瑞希は、あわてて下足ロッカーの周辺を見回してあたりに人気がない事を確認する。
そして自分宛のラブレターを丁寧に、けれども急いでスクールバッグの中に仕舞った。
今から朝練で後輩たちを相手にビシバシしごきを入れるつもりだったのに、鼓動はバクバクしていてそれどころじゃない。
こんな姿を誰かに見られるのが瑞希は嫌だった。
☆
その日のお昼休み。
いつもよりソワソワとしている瑞希の異変に気づいたのは、教室で机を付き合わせながら向き合って一緒にお弁当を食べていた親友の高槻茜だった。
「はぁ……」
お弁当をひろげてしばらくたっても瑞希は元気なくおかずをつつくばかり。
いつもなら元気一杯の瑞希の方から、他愛も無い話題を振りまく方なのにだ。。
また大きくひとつ瑞希がため息をこぼすと、茜が探るように切り出す。
「まったく何を動揺しているのかしら、瑞希の顔はわかりやすいんだから」
苦笑を浮かべて茜は続ける。
「それで、何があったの? 親友のわたしにも言えない事かしら?」
「ななな何のことだよいったいっ」
お箸でおかずをつまんでも、ポロポロと落としてしまう瑞希は慌てて茜の顔を見やった。
「ほらその顔、何かあったから顔が赤いんでしょ。授業中もずっとソワソワして、窓際の方ばっかり見てたし」
そんな風に言って、午前中の授業時間に瑞希がチラ見していた方角に茜が視線を向ける。
「何でもねえってば!」
ちょっとだけ声を荒げながら瑞希が立ち上がる。
「ホントかしら」
「ホントだっての」
「じゃあ何でそんなに今日は落ち着かないの? 部活の朝練で何かあったとか」
「ぶ、部活では何にもなかったよ。ただボサっとしてて先輩に怒られたけど……」
着席した瑞希は、お箸でお弁当のおかずをイジイジとつつきながら返事をした。
「何かあったから、先輩にどやされたんでしょ」
「………」
「そうねぇ……勉強以外で瑞希がおかしくなることっていったら……」
小首をかしげながら茜が思案する。
そんな茜の態度を、おそるおそる瑞希がのぞきこむ。
「な、何だよ? 何にもねーよ」
茜と視線が合ってしまい、あわてて瑞希は顔を背けながらペットボトルのお茶を口にもっていった。
「ははーん、さては告られた訳ね?」
そう茜が切り出した瞬間、
「ぶぶぶっ……ケホッケホッケホッ――」
口に含んだお茶を吐き出した。
茜はというと、そんな瑞希の行動を予測していたように、小さなお弁当をひょいと持ち上げて、タイミング良くお茶の噴水をよけてみせた。
「あら正解?」
「――ち、ちげーよ。手紙もらっただけだっての!」
「手紙? あらラブレターもらったの」
ポケットティッシュを差し出しながら茜が聞く。
「今日、いつもの様に朝練に出てきたら、下足箱の中に手紙が入ってたんだ」
受け取って吹き零れたお茶をを拭きながら、観念した様に瑞希が言った。
「それで?」
「あたしのことずっと好きでした。だからお友達からでいいのでお付き合いできませんか、みたいな……」
「誰から?」
「ほら、うちのクラスの」
「うん」
「吹奏楽部で笛を吹いている仏光寺だよ」
「あー。あのメガネの彼? 確かフルートを担当していたのですっけ」
「そのフルート君だ」
二人はそういいながら、午前中に瑞希がちらちらと眺めていた窓際の席の方を見やった。
幸か不幸か、昼休みに仏光寺少年は不在だった。おそらく学生食堂か購買部でパンでも買っているのだろう。
「ふーん。いいじゃない、割とマジメな子だし。学校の成績もそこそこ良かったんじゃないかしら? わたしほどじゃないけれども」
思案しながら茜が言った。
「………」
「そうね、成績の悪い瑞希がもし勉強で困っても、仏光寺君なら手取り足取り、教えてもらえるんじゃないかしら?」
などと、面白そうに茜が笑った。
「てて手取り足取りって、やらしー言い方すんなよっ」
「うふふふ。それでどうするの?」
「むーーーっ。わかんねぇッ」
「付き合わないのかしら?」
「わかんねえっ――……ってばよっ」
たまらず大きな声を上げそうになった瑞希。途中ではっと気づいて声を小さくしたけれども、教室で食事をしたり雑談しているクラスメイトの注目を集めてしまったようだ。
「ホント、瑞希って判りやすい子ね。あなた、オデコまでまっかっ赤になってるわよ?」
からかうような、同情するような、そのどちらとも付かない表情で茜が言う。
すると瑞希は立ち上がって、
「ちょっと、顔洗ってくるっ」
そう言い残すと教室を飛び出そうとした。
すると、そのタイミングで教室に戻ってきた仏光寺少年と鉢合わせになる。
「あっ堀川さん――」
「ぶぶ、仏光寺っ」
「堀川さんあのっ」
「はわわわっ、うわーーーーーっ」
何かを言いかけていた仏光寺を制する勢いで、瑞希は意味不明な奇声をあげながら逃げ出した。
そんな光景をぼんやりと眺めていた茜。
「仏光寺君と……瑞希がねぇ」
弁当をつつきながら茜が呟いていると、たまたま仏光寺と視線が合ってしまう。
「頑張れ仏光寺君っ」
と小さく言葉をもらして、さり気なく親指を突き立てて見せた。
☆
女子トイレに駆け込んだ瑞希は洗面台の蛇口をひねる。
あまり冷たくはない水道水でパシャリと火照った顔を塗らした。
「ったく、まさかあのタイミングで鉢合わせになるとかっ」
一度二度では、ちっとも茹で上がった顔を落ち着かせることが出来ない。
何度かパシャパシャと繰り返したあとに、髪の毛をかきわけながら鏡の向こうの自分の顔を覗き込んだ。
――仏光寺のやつ。いったいあたしの、
「どこがいいんだよもう……」
ひとりごちて瑞希が言った。
父親や従兄弟たちの影響で小学校からずっと空手を続けてきて、その流れから中高の部活でも空手部に席を置いてきた。
身長も、同世代の男子と比べても遜色がない一六七センチの背丈だ。まだまだ伸びそうな気配すらある。
恋愛というか、本音を言うとそういうのに興味が無かったわけじゃない。
女の子らしく、そういう事にちゃんと憧れはあった。
あまり他人には話した事がなかったけれど少女漫画や少女小説ならば、部屋の本棚にびっしりと詰まっている。
その事は小学校からの大親友である高槻茜だけは知っていけれど、その他大勢の友達には内緒にしていた。
だって気恥ずかしいから。
ずっと空手一筋の瑞希が実は女の子趣味全快で、白馬の王子様が登場するようなファンタジー小説の愛読者だなんて、ちょっと口には出来ない。
瑞希はそんな風に思っていた。
前髪をかきわけると、瑞希が気にしている自分の特徴的容姿があらわになる。
「……あたしなんてデコッパチだし」
ボソリと続ける。
「それに、ノッポだし」
空手のやりすぎでそうなったのか、背丈だって高いし割合と筋肉もある方だ。
「こんなんじゃ、全然かわいくねーし……」
誰かが女子トイレに入ってくる瞬間、はっとして瑞希は背筋を伸ばした。
「くそう、それもこれも仏光寺の奴が告白とかしてくるから……」
ブツブツとつぶやきながらハンドタオルで塗らした顔を拭きながら女子トイレを出る。
「うわああああああああああっ。まじどうしよおおおっ」
こんなに教室に戻るのが億劫なのは、学校の試験の時ぐらいのものだ。
ドキドキのおさまらない瑞希は、他人の視線などお構いなしに、ついつい叫んでしまった。
☆
放課後。
とにかく終わりのホームルームをすませると、瑞希はスクールバッグと部活の道具入れを引っつかんで、一刻も早く教室からと飛び出そうとする。
けれども、
「あの、堀川さん――」
そう仏光寺から声がかけられた。
声をかけられた瞬間に瑞希の体が金縛りの様に固まってしまう。
まさか教室で声をかけられるとは思わなかった。
否、それは違う。声をかけられてしまったらどう対処していいかわからなくて、一刻も早く教室から逃げ出そうとした。
「お、おう。仏光寺。あたしに何か用か?」
用ならば十分ぐらいに瑞希は承知していた。
けれども逃げ出したい。
そんな逃げ腰の瑞希に近づきながら、仏光寺は言う。
「少し話があるんだけど、いいかな?」
「い、いいけど別に。あたし部活あるし急いでるから手早くな……」
ツンケンに瑞希が返すと、
「うん、時間はとらせないから。ここじゃ話しづらいから、あっちで」
気を使うように小声で話しかける仏光寺は、瑞希を誘って廊下に出た。
廊下を歩きながら、しばらくは無言の時間が続く。
校舎と校舎をつなぐ渡り廊下を抜けて、中庭のあまり人気の無い場所にやってきた。
「んだよ、話しがあるなら――」
「堀川さん」
朱顔で耐え切れなくなった瑞希が切り出した瞬間、カウンターの様に仏光寺が口を開いた。
「今朝の手紙、読んでもらえました?」
「……ああ、ちゃんと見たけど」
「そっか。ありがとう」
もじもじとしながら瑞希が言い返して、それに仏光寺が応える。
またそれから、二人は言葉を失った。
校内は放課後の喧騒に包まれていて、どこからかさっそく部活をはじめた人間たちの掛け声も聞こえてきた。
「急にあんな手紙出しちゃってごめん」
「謝ることじゃねーし。別にいーよ」
「うん、ありがとう。手紙にも書いたけど、もうすぐ夏休みが始まるから。そうしたらまた、しばらく堀川さんとは会えなくなるし。来年は受験も控えてるし。突然だったから堀川さんに迷惑かもしれないと思ったけど、告白するなら今かなって思ってね」
「……」
「だから、読んでくれてありがとう。それと、お付き合いの返事は急いでないんだ」
「………」
「けど一度でいい、よかったら俺とデートしてもらえないかな? 告白の返事はそれからでもいい」
「…………」
「俺は堀川さんのことずっと見てたけど、堀川さんは俺のこと知らないだろうし。だから、俺のことを少しでも知ってもらって、それで判断してくれたら」
息を呑んで、瑞希が目の前の華奢な少年を見返した。
少し長めの髪の毛だが、学校の規定違反ほどまでではない。それに細い顔をしていて黒縁のメガネをかけている。
仏光寺は優しい顔をしていた。優しい顔をしていて、少しだけ頬が朱に染まっていた。
実のところ仏光寺の顔をまじまじと見やったのはこれが初めてだった。それもそうだ、仏光寺と恋愛関係なんて過去に一度だって考えたことは無い。
「んなこと、急に言われてもわかんねえし。あたし恋愛とかした事ないから」
「うん」
静かに仏光寺は言葉を待つ。
「でも……」
「……うん」
「こここ、こんなあたしでよければ、でででデートよろしくおねがいしますっ!」
「ありがとう堀川さん」
こうして瑞希の初デートの予定が決まった。
☆
普段、瑞希は女っ気のかけらも無いような格好で過ごしている。
もちろんお出かけ用の服はもってはいるけれど、その中に「男の子とデートするための勝負服」は含まれていなかった。
身動きのとりやすいパーカーやジャージの類ばかり引き出しに完備されていて、いざという時になって瑞希は泣きそうになった。
こんな時に頼りになるのは、やはり小学校時代からの大親友、高槻茜だ。
デートの前日である週末の深夜になって泣きつくと、
『まったく、瑞希って昔から甘えベタなのよ』
と、ひとしきり愚痴をこぼしながらも、茜は戦闘用具を持参で朝一番に堀川家に来てくれる事を快諾してくれた。
そして、
「なにこれ?」
ヘアバンドで前髪をアップした瑞希が声を漏らした。
「見ればわかるでしょう? つけまよ、つけま」
「つけまって着けまつ毛か?」
鏡台の前に女子が二人。
「そんなのいらねーし。普通の化粧で十分だろ」
気恥ずかしそうに瑞希が抵抗した。
「女の子は目力でビックリするぐらい印象がかわるんだから、ちゃんと着けなさい」
「いらねーし!」
「ほら、しのごの言わないで着けるの。前日になって泣きついてきたのはどこの誰だったかしら?」
「あたしだけど……」
「んじゃあ、わたしの言う事を聞いてもらわなくちゃ困るわね。抵抗したら金輪際、ヘルプには着てあげないわよ?」
そう言って動き回る瑞希を押さえつける茜。
「そんな~あかね~っ」
普段はアップしている前髪を下ろして、少し横に流すように茜がセットしてやる。
鏡の向こうに映った瑞希を見ながら茜が言った。
「ほら、瑞希。すっごく可愛くなったじゃない?」
「べ、べっ別にかわいくねーし!」
朱顔の瑞希がそれを否定する。
女の子らしく、というか唯一かわいらしく見せられそうなブラウスとキャミの組み合わせ、それにショートパンツのコーデにしてみた。
あいにくスカートの類は普段から瑞希が嫌がってほとんど買わなかったために、相性のいい組み合わせが無い。
「うわあああっ、やっぱこれおかしいんじゃねえの?!」
「大丈夫よ瑞希、自信を持ちなさい」
「んでもようぅ?」
ぐずる瑞希を諭しながら、堀川家の玄関から送り出す。
「ほら、急がないと待ち合わせの時間に間に合わないよ!」
「わ、わかった行って来る!」
せっかく茜をヘルプで読んだのにギリギリまで瑞希が納得しない具合で、もう待ち合わせ時間までは猶予が無かった。
運動部女子らしくいつもの様に全力疾走とはいかず、瑞希はちょっと小走りといった感じで駆けていく。
そんな姿を茜は見送った。
「心配しなくても瑞希はとっても可愛いもの。仏光寺君もびっくりするわきっと」
そう呟いた茜は、手に持っていた携帯電話で時刻を確認する。
「まだもう少し時間には余裕がある見たいね……ってこれ、あらま」
茜が手に持っていたのは瑞希の携帯電話だった。
☆
家を飛び出して、もよりの私鉄駅に行くバスに飛び乗る。
こんな時に限ってバスは渋滞していた。
デートの前日に仏光寺とは連絡先を交換していたので「もしかしたら遅刻してしまうかも」とあわててメールをしようとした。
けれども。
「はれ? んと……ケータイ、どこだ!?」
カバンの中に入れているつもりだった携帯電話が見つからない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよーーーーう。
揺れる電車の中で瑞希は大いに焦る。
初デートなのに。
人生ではじめてのデートなのに、遅刻するとかありえない。
バスは瑞希の焦りとはうらはらに、一向に渋滞から抜け出す気配は無かった。
ずっと続けてきた空手の教えから、どんなときも五分前の精神で行動する事と父や先生たちから指導されてきた。
今までだって瑞希はずっと守れてきたのに。
肝心なときに間に合わないっ!
自宅を飛び出した時間から逆算すると、普段なら余裕を持っても三〇分で到着できるはずなのだが。
渋滞に巻き込まれた時点で、それはもうかなわない。
今が一体何時なのかがわからない。
バスがあとひとつで私鉄の最寄り駅――待ち合わせ場所という時になって、どんどんと瑞希の感情は高ぶり始めた。
せっかく仏光寺少年にデートにさそってもらえたのに、はじめて告白されたのに。
仏光寺だって勇気を出して告白をしたに違いない。こんなガサツな女でも好きだといってくれたのに。それなのに遅刻とかしたら、やっぱりあたしはガサツとか思われちゃうじゃねーか。
――あたしにも、もしかしてやっと恋愛とか出来るかもしれないチャンスがきたのにーっ!
感情が最高潮まで高まっていったちょうどその頃、バスは待ち合わせ場所の私鉄駅のロータリーに侵入していった。
あわててバスの窓から駅建物にかけられた時計の時刻を見る。
時刻は午後二時五分。
プシュウとバスが停車してドアが開いた瞬間、定期入れをバスの運転手に見せるのもまどろっこしいという風に、瑞希は弾丸のごとく飛び出すと、ロータリーの端にある花壇まで走った。
とにかく、一秒でも早く待ち合わせ場所に行って謝らなくちゃ、と瑞希は思う。
花壇の先に、仏光寺少年がやわらかい笑顔を浮かべて待っていた。
「あ、堀川さん」
「……すまん仏光寺まじごめん……せっかくのデートなのに遅刻しちまって……」
乱れた息を整えながら瑞希が言葉を絞る。
仏光寺少年はいつもどおりの優しい顔にメガネ姿。一方の、
――あたしは、完全にボロボロだ。自分では最大限の可愛い服とかメイクとか髪型とか、そんなことを意識して茜にも手伝ってもらって、精一杯やったのに。遅刻もして髪型も服も乱れて、何もかも、もう台無しだ。
しまいには、瑞希の目元がうるうるとしてきた。
「せっかくのデートだったのに、ほんとすまん」
「うん、気にしてないから。それよりほら」
仏光寺は口を開いた。
「俺のために、今日はすごく頑張ってくれてありがとう。あの、」
「んだよぅ……」
「すごく、可愛いです。瑞希さん」
「かっ……かわいくねーし!」
おわり