Truth0/最果ての村カルッサ—人と「魔導士」と「幸せの土地」【0-1】

――神様、神様。もし居るのでしたら教えてください。
 何故私は、この世界に生まれてきたのですか?
 何故この世界は、このようになっているのですか?
 何故私は、このように生まれてきたのですか?
 そしてもし居るのなら、教えてください。
 この運命を変える方法を。この怨恨に立ち向かう、勇気を持つ方法を。――



 Truth0:最果ての村カルッサ/人と魔導士と「幸せの土地」
 0-1

「来るな魔導士!お前なんかいなくなれ!」
 麻の服を着た小さな子供が石を投げ付ける。放った言葉の意味を、発した本人は理解していない。
 鋭い礫が少女の左頬に当たる。手の平で傷を包み隠すと子供は更に石をぶつけようとするが、睨み目を浴びせられると途端に怖じ気付き、逃走に行動を転換する。
 取り残された少女は深い溜息を吐く。光沢のある白髪を左右に高さを変えて団子にし、二の腕が開いた袖の広い白のワンピースを着て同色のショートブーツを履いている。透き通るような色白の肌に赤色の瞳を持つが、容姿以上に特徴的である古代文字のような模様が左頬に彫られた顔に、笑みは少しも浮き出ていない。
 作物を洗う音すら聞こえない寒村に、足音が響く。擦れ違う老若男女から向けられる刺さるような視線を無視して村を出ると、外壁の隅に盛られた金銭と食料品の袋達を一瞥した。
(馬鹿みたい。この村の人達は、今も帝国に怯えている) 
 赤色の瞳が潤み出す。感情を抑えて再び歩き出すと、痩せた草花が咲く野道を進みながら、天を見上げる。
 雲ひとつ無い青い空に、消えない一筋の虹が掛かっている。直線を描く七色の光は地平線の彼方へと、遙か遠くに向かって伸びている。
 その下に広がっているのは、混沌とした大地。周囲に穴と黒煙と誰の物か分からない墓標が点在している道を、孤独の少女は歩いた。

 ――この世界の名はフィルアース。この世界は二年前、二つの国が大きな戦争をした。
 一つは、軍事機械帝国・アルカディス。
 もう一つは、生物科学国家・ヴィクトリア。
 数多の命を奪った酷い酷い戦争は一年続き、現在は休止しているが、今でもあちこちで両国の兵士が卑劣な略奪や虐殺を繰り返しているらしい。この世界はそんな暗黒の時代の中で、今も沢山の人の心に抉れるような傷を与え続けている。
 此処は「東世界」と呼ばれる、アルカディス帝国領の大陸の最南部「平原地帯」。陰生植物と苔に覆われたこの地は、戦争の被害を最も受けた場所である。
 平原地帯の最果てと呼ばれる村、カルッサ。其処で生まれた少女・ハルは、村人達から理不尽な苛めを受けていた。
 原因不明の遺伝子の異常により生まれつき魔法を使う事が出来る人間を、人は「魔導士」と呼ぶ。戦争中に両大国の主力武器にされた彼らは、今なお異端の能力を恐れる「人間」達により世界中で偏見され排他され、差別されている。
 ハルは魔導士として生まれてきた。そう生まれただけで苛められ続けてきた。
 彼女は一度も仕返しをした事がない。それでも苛めは日に日にエスカレートされていた。――

 カルッサ村から少し離れた場所にある林に着くと、ハルは中央にある大きな沼の淵に腰掛ける。針葉樹に囲まれた薄暗い空間に吹く冷えた風が、髪を靡かせて頬の傷を疼かせる。湿気を含んだ雑草の絨毯の感触を臀部に感じながら、充血した瞳で木々の間から見える空を眺めると、虹に向かって独り言を呟いた。
「ねえ神様、私はなんで生まれてきたの?魔導士なんかに、魔導士なんかに生まれてきたから、私ずっと不幸よ。
 ……虹だけは今日も綺麗。お父さん、お母さん、今何処にいるの?」
 代わりに応えてやるように、草木の擦れる音が響き渡る。その中に少しずつ、啜り泣く声が混ざっていく。
 絶望する少女を、自然はただ傍観するだけ。誰にも慰められないままハルは天から目を離すと、目の前にある沼を見る。
 不気味に淀んだ水面に、美しい七色の帯が映っている。まるで今自分が生きているこの世界のようだと思いながら眺めていると、
 囁くように聞こえていた木々のざわめきが、急に騒がしくなった。

「トカライやめろハンドル返……ギャアアア人がおる!あかん、あかんあかん避けて避けて」
(?)
「よけろおおおおお!!」

 響いた声に向かって反射的に振り返ると、灰色のオープンカーが木々を薙ぎ倒しながら飛び出してくる。叫ぶ余裕もその場から逃げる余裕も与えられず目を閉じ体を伏せると、
 激しい衝突音が、林に轟いた。



 冷えた風を全身に受けながら、ハルは意識を取り戻す。擦り傷だらけになった身体を起こして周囲を見渡すと、
 傍に見慣れない男児が、目を渦巻き模様にして倒れていた。


 背の非常に低い子供はまだ十にもなっていないだろう容姿で、先が巻かれた茶色い癖毛の飛び出た黄色いウエスタン帽子と同色の上着にピンクのチャイナ服を着て、黒いスリット入りの短パンを履いた腰部から長い尻尾のような布飾りが垂れている。
 相手を起こそうと手を伸ばすと、触れる前に目覚められた。
「のだのだ―!」
「キャアアアアア!!」
 急に飛び起きてきたので、ハルは叫び上げて仰け反る。乱れ果てた心臓の鼓動を落ち着かせていると、子供は首を傾げながら声を出した。
「のだ、びっくりしたのだ」
「びびっ、びっくりしたのは私の方よ!あんた誰よ?!」
「のだのだ。のだはね、トカライなのだ」
 トカライと名乗った男児は、愉快に踊り始める。緊張感を欠片も感じない態度に、ハルの中の警戒心も薄れていく。
 自由で気ままなダンスを一方的に披露されていると、相手に再び話し掛けられた。
「スタイリッシュなピチピチボーイなのだ。のだに惚れるなよ、なのだ」
(変な子、 変な喋り方だし)
「のだ?カマックは何処に行ったのだ?」
 踊りを辞めた子供は、忙しく辺りを見渡し始める。
(……そういえば、避けろって言ってきた人とこの子の声が違う)
 ハルも再度周囲を確認してみる。と、少し離れた沼の淵に座っている、一人の少年を発見した。
 明るい水色の上着と短パンに、黒いタートルネックシャツとジーンズパンツを着ている。水色と白の長い鉢巻きを額に巻いているが、それ以上に目立つ短い髪は非常に珍しい、光の当たり具合で赤紫にも青紫にも見える不思議な色をしている。
 ハルは少年の傍に歩み寄ると声を掛けようとする。が、
 相手の顔を見た瞬間、凍り付いた。

 点のようになった目から大量の涙を流している。感情の大洪水に戸惑っていると、大音量で悲痛の声が上げられた。
「ギャアアアアア流星号が!りゅうせいごおおおおううううがあああああ!!」
 涙の滝を作る目が見ている先を眺めてみると、沼に機械の乗り物が黒い煙を上げながら沈んでいる。……よくもまあ、あんな事故(?)に巻き込まれたのに無傷でいられたものだと、ハルは自分達の幸運を誇りに思った。
「のだ、カマックの車が沈んだのだ。のだがハンドルをぐるぐる回したら、沈んだのだ」
「うわーん!おっちゃんに貰うた大事な大事な流星号、トカライに潰されてしもた―!!」
 踊りながら寄ってきたトカライに振り向く事なく、カマックと呼ばれた少年は泣き叫び続けている。
(どうしようこの状況。こいつも喋り方が変だし)
 ハルは訳の分からないまま立ち尽くす。漸く落ち着いたらしい頃に自分を珍事に巻き込んだ少年に声を掛けようとすると、
 彼は更なる珍事を起こそうとした。
「うっうっうっ、流星号が沈んでしもうて、もう俺、おっちゃんに合わせる顔が無い。これはもうサムライらしく、
 ハラ斬りをしてお詫びをせな!!」
「ギャ――!!初対面の私に、いきなりトラウマになる思い出を植え付けるな――!!」
 腰に差しているナイフを鞘から引き抜いたので、ハルは凶器を奪い取る。正体不明の鉢巻少年を、鮮血エンディングショーから引き摺り下ろした。



「さっきはすいませんでした」
 少年は目の前の少女に土下座で謝る。
 警戒心が無くなったハルは腕を組んで仁王立ちしている。平穏を取り戻した林の中で木々の擦れる音を聞きながら、威圧を纏った被害者は跪いている加害者に返事をした。
「うん、命は大事にしなさい。で、あんた達は誰?」
「俺はカマック、カマック・シルヴァラント。こっちの、のだのだ言っているのはトカライ。俺とトカライは「幸せの土地」を探して旅をしているんだ」
 カマックの隣で正座させられているトカライは、上半身を揺れ動かせている。反省会を強制させた少女は体勢を崩さないまま、赤色の瞳を曇らせた。


「幸せの土地?」
「お空にある虹をなのだ、追いかけているのだ―」
「あの虹の端に、どんな存在でも幸せになれる場所があるっていう伝説があるんだ」
 正座をしながらカマックは上空の虹を指さす。七色の帯は延々と伸びているが、その果てを見つけた者は、この世界に誰もいないらしい。
 饒舌に旅の目的地を話すカマックに対し、ハルの態度は変わらない。組んでいた腕を解くと、気力の無い目が旅人達の姿を映した。
「その話、聞いた事はある。でもそれってデタラメでしょ?戦争中に楽になりたいから、誰かが流したデマ」
「でも、あるかも知れない」
 真顔で言葉を返したカマックは、虹から指を離すとハルと目を合わせる。少年の瞳は髪と同じ色のグラデーションが掛かっており、澄んだ紫色は持主の心を表しているようだった。
「戦争中に広まったデマだって言う人も沢山いるけど、俺はそうは思わない。自分で見て感じて、知ろうとしないと本当か嘘かなんて分からないし、納得なんか出来ない。 諦めないで、決め付けないで、信じ続けたら答えに辿り着くから。行くんだ俺は、「幸せの土地」へ!」

 ハルは少年達と共に空を仰ぐ。蒼天に浮かぶ七色の光は、未だ見ぬ地に向かって果てしなく伸びている。
 何時までも虹を見ているカマックとトカライに対し、ハルは視線を地面に落とす。夢物語のような内容を戯言としか感じなかったが、
(……答え……)
 その言葉が、耳に残った。

 カマックは舌の根の乾かぬ内に付け加えた。
「というのは半分嘘で、育ての親のおっちゃんに「行け」って言われたから行くんだけど」
「のだのだ―!!」
 ハルはズリ傾いた身体を戻す。正直過ぎる少年に、何かを裏切られたような気がした。
「キッカケなんてどうでもいいよ。俺はこの旅でトカライに会えて、君に会えた。それだけで大収穫!これで「幸せの土地」も見つかれば良いんだけど」
 少年は笑いながら再び虹を眺める。気ままなダンスを踊るトカライの姿に加えて、風や木々の擦れる音までもが、まるで彼の旅を称賛しているかのように聞こえてくる。
 ――なんでこの人達は楽しそうに笑うのだろう?この世界に今あるのはドロドロしていて真っ黒で、汚くて醜いモノだけだと思っていたのに。――
 自然のざわめきが静まった時、ハルはカマック達から遠ざかる。旅人達が少女を不思議そうに見ると、細い手が傷だらけの左頬を包み隠した。
「私はハル、ハル・エスティード。直ぐに私から離れたほうが良いよ」
「?」
 ――この人達は暖かい、暖かいから。――
「"私"に関わると、不幸になる」