Truth0/最果ての村カルッサ—人と「魔導士」と「幸せの土地」【0-5】

 0-5

 魔導士達の放つ雷は光の盾を貫けない。跳ね返った火花が地面に落ちるのを見たトカライは、自由気ままに踊り出す。
 ハルと子供達は腕の中の魔法使いを凝視する。離れた地に立っている敵も同じ態度を取っていたが、傍にいた少年だけは慣れた物に接するように、笑いながら相棒に声を掛けた。
「トカライ、ナイス!みんな無事で良かった!」
「のだのだ、カマックが間抜けだからなのだ」
 皮肉の返事をしたトカライの頭上で、崩れてきた家屋が砕け折れ、飛び交う炎が当たり消えていく。全てを防ぐ無敵の盾を見つめていたハルは、揺れ動いている男児に恐る恐る問いかけた。
「あなた、魔導士?」
「のだ、ハルも一緒に踊るのだ」
(あなたも私と同じ、魔導士……)

 投げ付けられた鍬が光に当たって弾け飛ぶ。振り向く間も無く同じ方向から飛んできた稲刈り鎌がトカライの首横で跳ね返ると、奇襲を仕掛けた村人達の足元に突き刺さった。
「魔導士!お前も化け物だったのか!!」
「ハルめ、やっぱり仲間じゃないか!出て行け化け物!帝国を連れて出て行け!!」
(あなた達は、こんな時でも差別するの?)憎悪の念を込められて投げられる農具は、魔法の盾を貫けずに地面に刺さり落ちる。新たな危険に襲われる中、トカライは頭から蒸気を出しながら憤怒した。
「のだムキャー!!お前ら危ないのだ、仲良くしないとバナナ茶あげないのだ!!」
「あなた達いい加減にしてよ! 今は私達じゃなくて帝国を」
「ヒイ!こっち見たぞ殺される、殺される!!」
「あの変な髪の奴も魔導士じゃないのか?終わりだ、俺達もう終わりだ……」
 喚き散らす村人達は家屋の陰に隠れて姿を真面に見せようとしない。卑怯者の晒す醜態に憤りを通り越して呆れてしまったハルは、精神の浪費を辞めてカマックを見守る事にする。
 魔導士達に挟まれた子供達は、互いに顔を見合わせている。腫れた目から涙が出なくなっていた女児はトカライに手を捕まれると、気まぐれなダンスに付き合わされた。

「その娘以外に魔導士が居たとは」
 男は光を睨む。湧き上がる怒りに失いかける自我を留めると、ざわめき始めていた魔導士達に口頭で命令した。
「何をしている、殺せ!武器らしく確実に仕留めろ!!」
 血濡れの斧が地面を激しく叩くと、魔導士達は一斉の詠唱を開始する。電気の塊が上空の虹を歪めると、善悪を問わない裁きが下される。
 放たれた稲妻は光の盾に当たり、裂け分かれて四方に飛び散る。跳ね返った雷の一つが術者の一人の首に直撃すると、嵌められていた鉄の首枷を壊し、繋げられた鎖を伝って次々と束縛から解き放っていく。
 自由になった「物」達は人の心を取り戻したように、我先に村の外へと逃げて行く。使役者だった人間を睨んでいる者も数人いたが、相手から殺意を浴びせられると途端に怖じ気付き、仲間の背を追いかけて行った。

 孤独になった男の背後で、帝国の旗がはためく。赤い布に描かれた金色の竜は変わらぬ舞を披露しているが、今は威圧感と言うよりは悲壮感を漂わせている。
 平穏を取り戻した空の下、薄くなった死の臭いが草木の匂いに掻き消される。不利な状況に身を置かれたにも関わらず男は狂ったように笑い出すと、地面に転がった鎖の破片を蹴り飛ばし、斧を握り締めた。
「役立たずの人形どもめ、まあ良い所詮は餓鬼と雑魚だ。 俺一人でも本気を出せば、こんな小さな村なぞ」
「あなたも直ぐに出て行って!戦争はずっと前に終わっているの!」
 睨みながらハルは叫ぶ。物陰で怯えている村人達と、少女と同じ目をする少年、踊っている幼児達を順番に見た男は再び笑い上げると、武器を両手で構えた。
「ははは、そうだ!だがそれでも皇帝は俺を行かなくても良い遠征に行かせた、あんな餓鬼の尻に付かせて!!俺は好きに生きる!殺して奪ってでも、これからは自由に生きてやる!!」
 目を付けたのは、斜め前の民家の側で座り込んでいる麻のワンピースを着た若い女性。散らばる死骸を前にして腰を抜かしているのか、一歩も動こうとしない。
 半面の爛れた顔が歪む。狂気に支配された兵士は新たな獲物に襲いかかると、巨大な斧を力の限り振り下ろす。
 ハルが目を覆ったと同時に、乾いた音が響く。耳に入ったモノを不自然に感じ、瞼をゆっくりと開いてみると、
 女性と刃の間に、目映い光が現れていた。

 斧は光の盾に弾かれた衝撃で、腕ごと男の背中に回る。ハルに抱えられた魔導士は持っている緑色の湯呑を啜ると、のんびりと敵に声を掛けた。
「のだのだ、無駄なのだー」
「この……糞餓鬼があああ!!」
 標的を変更した男はトカライに強襲を仕掛ける。抱えている少女ごと葬り去ろうとした時、
 飛び出してきた細身の剣に妨害される。武器を強制停止させたカマックは、グラデーションの掛かった紫色の目を釣り上げた。
「ほんまにいい加減にしいや、あんた。
 結局あんたのしとる事は逆恨みの憂さ晴らしやんか。諦めて決め付けて我儘ばっかり言いおってからに、大概にせい!」
「言うだけだろ、力の無いお前なぞ!!」
 男は攻撃を仕掛けるが、カマックは反応しない。十字に組んだ剣とナイフを顔の前から動かさないまま、斧は頭部を目掛けて振り下ろされる。
 トカライの魔法が発動する。少年を包んだ光に当たった斧が大きく弾かれて振り上げられると、鋭い打音を響かせて剣がナイフから離れる。男の手元に振られた斬撃は瞬く間に斧の刃を柄から斬り放し、宙に放り出された巨大な刃は鉄の破片となって周囲に落ちる。柄だけになった武器を投げ捨てた男が軍旗を掴んだ瞬間、大帝国の紋章は八つ裂きにされて宙にばら撒かれる。
 散る葉のように漂う赤い布切れを吹き飛ばし、カマックは男に体当たりする。巨体にぶつかった小柄な身体は相手を小突く事しか出来なかったが、
 隙を作らせるには、十分だった。
「ぜやあああああああ!!」
 放たれた剣の刃が敵を乱れ斬る。絶え間ない舞踊のような斬撃は、強靭な防具を割り壊す。男が腰に差した護身刀を抜こうとするが留具ごと弾き飛ばされ、反撃の手段を奪われた帝国兵に、少年剣士は容赦しない。
 兜を剥がされると、露わになった顔に焦りの表情が浮かんでいる。が、暴虐を尽くした罪人に、許しを請う事は許されなかった。
「イズモヤマト流・剣奥義『殺激連撃』!!」
 大きく振り上げられた剣が巨体を斬り飛ばす。止めの一撃を受けた男は意識を遮断させられると、剣が鞘に納められたと同時に地に落下した。

「のだ!カマックはやっぱり強いのだ!」
 ハルの手から離れたトカライが駆け寄ってくる。鉢巻きを結び直したカマックは相棒に微笑むと、癖毛の飛び出た頭を帽子越しに撫でながら、独特口調で返事をした。
「トカライもやで、偉い偉い」
「のだのだ、誉められたのだー」
 カルッサ村に平和が訪れる。子供達と手を繋いで近付いて来るハルにカマック達が振り返ろうとした時、
 旅人と魔導士達を、村人達が取り囲む。
 険しい顔をする老若男女に、憤りを感じたハルも睨み目を返す。倒れている帝国兵が起き上がらない事を確認すると、無礼者達に噛み付いた。
「今度は何?この人達は私達を救ってくれたのよ!恩人なのに!!」
「ふざけるなハル!魔導士……気味の悪い術を使う化け物め!お前達のせいで村が襲われたんだ、今すぐ追い出してやる!!」
 根も葉もない決め付けをした大勢が農具を持って詰め寄ってくるが、カマックの手が剣の柄に触れる度に縮めた距離と同じだけ後退りする。中途半端な勇気による優柔不断な攻防戦は長い長い時間を掛けて延々と続けられていたが、
 呆れ果てながら眺めていたハルは、突然握っていたモノに手を振り解かれた。

 村人達の前に飛び出した男児と女児は、同じ素材の服を着た大人達を見つめている。
群の中から初老の男が出てくると、人の良さそうな笑顔をしながら子供達を招いた。
「お前達、無事で良かった。化け物に捕まって、可哀想に」
「は?何言ってるの?ボク達は捕まってないよ、助けて貰ったんだ」
「え?」
「二回、ううん三回ボク達、ハルお姉ちゃんに助けて貰った。あんた達は自分の事ばっかりでちっとも助けてくれなかったけど、お姉ちゃん達はボク達をずっと守ってくれた!あんた達が言っていたような怖い人じゃなかったし、怖い人達を倒してくれた!」
 麻の服を翻し、小さな勇者が立ち向かう。蔑にしていた存在を守ろうとする子供達に、大人達は困惑する。
 手に持った農具を何度もかざしてみるが、効果は全く無い。鋭くした眼で相手を逆に怯ませながら男児は足下に転がった小石を複数拾うと、理不尽を刷り込んだ無責任者を断罪した。
「お姉ちゃんを虐めたら許さないぞ!魔導士を虐める奴も許さない!」
「痛っ痛たああ!やめろお前達、化け物を庇うなんて、まさか何か吹き込まれて」
「ボクが自分で決めたんだよ!痛いだろ、ハルお姉ちゃんも痛かったんだぞ!石をぶつけられると凄く痛いんだ!覚えていろ嘘吐きどもおお!!」
 小石の弾丸を浴びた村人達は建物の陰に非難する。卑怯者達を追って大量の石を抱えた男児と逆方向に駆け出した女児はハルと向き合うと、傷だらけの左頬に触れた。
「お姉ちゃんごめんね、ずっと酷い事をしてごめんね。ありがとうお姉ちゃんと、のだちゃんと、鉢巻のお兄ちゃん。コレ凄くかっこいいね!」
 女児が満面の笑顔で魔法印を撫でると、トカライが横から抱き付いてくる。自分を守る為に奮闘している男児の背中を見ながら、ハルの目からは涙が溢れていたが、
 それは今まで流した物の中で、初めて暖かいと感じた。

「家、家が!!誰か、誰か火を消してくれ!!」
 遠くから村人の叫び声が聞こえてくる。帝国の魔導士達が放った雷が家屋に直撃しており、点在していた火は巨大な炎へと姿を変えていく。
 林の沼から水を汲んで生活をしている為、カルッサ村には井戸が無い。触れる全てを焼き尽くす新たな脅威に村人達は樽に溜めた水や麻の衣類で消火しようとするが、布を喰って更に大きくなった炎は瞬く間に周囲を飲み込み、残った命を全滅へと追い込んでいく。
「のだのだ、のだの魔法は火を消せないのだ」
 困り顔をするトカライの横で、カマックも似た表情をしている。打開策を打ち出せないまま脅威は強大になる中、ハルは怯え騒ぐ村人達の声を聞きながら、宿屋に迫り来ようとしている炎を見つめた。
 ――本当は、少しだけ優越感に浸っていたけれど……カマック達と、自分を庇ってくれた子供達を見て、愚かな自分に嫌気が差す。
 このままではお父さんとお母さんの宿屋が無くなってしまう、村が滅んでしまう。
 雨、雨が降ってくれたら……――

「ハル?」
 カマックの前に立ったハルは両手を伸ばし、意識を集中する。呟くように発せられる詠唱に村人達は農具を握り締めるが、子供達と少年達は期待の眼差しで魔導士の少女を見守った。
 ――こんな世界でも諦めなかったら、決め付けなかったら、信じ続けたら、私の運命は何か変わるかな?
 ううん、"変わる"んじゃない。
 私が自分で"変える"んだ。――
 突き出した指が弾かれると、天に描かれた魔法陣から大量の水が降り注ぐ。雲から落ちない魔法の雨が炎を消し、水煙が風に乗って流れ去ると、
 空に二つ目の希望の虹が、直線に延びる虹に被さって現れた。




 ――あれから、数日後。
 東世界の大国・アルカディスの軍隊に襲われたカルッサ村は、旅人の少年達に救われてから少しずつ、元の姿に戻ろうとしている。
 林の沼に沈んでいたカマックの車は、脅威が去ってから直ぐに村人達が引き上げてくれたけど、何故か奇跡的に何も問題無く動いたから、持主は発狂して喜んでいた。もしかしてアレもトカライ君の魔法が掛かっていたのかしら?それは謎のままで良いとして……。
 あの後私は両親の事を自分の目で確かめたくて、村の周辺を探してみた。あの男に言われた通りお父さんとお母さんのお墓は本人の物と確信出来る衣類と一緒に、林の傍に作られていた。水と小さな花が手向けられていたけど、きっとお墓を作ってくれた人が置いたのだろう。弔いを済ませた時、寂しい気持ちはあったけど涙は全く出なかった。
 私はお世話になったお礼にと長期の滞在を勧めたが、二人は断った。長居をし過ぎたから旅を再開したい、空にある虹を追って「幸せの土地」を探したいって。――


 冷えた風が平原に吹く。カルッサ村の彼方此方から、トンカチが釘を叩く音が聞こえてくる。
 元々崩壊寸前だったハルの宿屋も、修復の対象に加えられて足場の板に覆われている。復興中の村は忙しなく動く男達の足音と女達の話し声、遊びまわる子供の笑い声に溢れ、寒村は徐々に希望と暖かさを持ち始めている。
 村の入口で、灰色のオープンカーを挟んだ少年と少女が雑談をしている。吸水用の雑巾を大量に挟んだ車に荷物を積みながら、快晴の空に浮かぶ虹を見上げているカマックに、麻の鞄を抱えたハルは改めて礼を言った。
「ありがとう、カマック。私達を守ってくれて」
「俺は当たり前の事をしただけだから、気にしなくても良いよ」
「のだ、カマックはのだの華麗な盾魔法のおまけなのだ。感謝はのだにこそ言うべきなのだ」
 剣を抱えながら助手席で踏ん反り返っているトカライに、二人は苦笑いをする。鞄の中の物を時々眺めている少女に目を向けた少年は空の虹を指差すと、その手を相手に伸ばした。
「ハルも一緒に探さない?「幸せの土地」」
「私は残るよ、この村に居たい。みんなと仲良くなるには未だ時間が掛かりそうだけど、お父さんとお母さんの宿屋と、この村を守りたい。私もカマックみたいに自分の幸せを諦めずに探してみるよ、此処で」


 ハルは視線を後方に向ける。魔導士を受け入れた者達が外壁に身を伏せながら様子を伺っているが、隠し忘れている小さな麻のスカートの先端がチラチラと風に乗って靡いている。
 可笑しそうに笑った少女は、少年に振り返る。幸せそうなハルの顔を眺めていたカマックは、笑い返しながら返事をした。
「ハルが決めたんだったら、俺もそれで良いと思う」
「のだ……友達になったのに、残念なのだ」
 肩を落としたトカライを、ハルは頭を撫でて慰める。車の運転席に乗り込んだカマックは相棒から自分の武器を受け取ると、ポケットから大きな鍵を取り出した。
「流星号を救ってくれておおきにって、村の人達に言っておいて」
「おおきに?」
「ありがとうって意味」
「……うん、言っておく」
「のだのだー、さっきあげたバナナ茶もアツアツの内に渡しておいてなのだ」
「…………うん」
 トカライから大量に貰った毒飲料入りの湯呑は宿屋の玄関に置いているが、全てが台無しになりそうなので捨てておこうと決意する。
 湿気を含んだ風が水色と白の鉢巻きを揺らす。相棒が差し出している湯呑を腕ごと引き戻したカマックは、手に持っている鍵を目の前にある機械の穴に差し込んだ。
「それじゃあ行こうか、トカライ」
「のだのだ、もうぐるぐるしないのだ」
 鍵が回されると、車の排気口から熱と空気が吹き出す。ハンドルを掴みアクセルを踏もうとするカマックに、運転席を覗き込んだハルは質問をした。
「カマック。カマックは、神様って居ると思う?」

 突然の問いに少々困惑されている。何秒か考える素振りをされた後、ハンドルを握り直した相手は自信満々に答えた。
「探せば居るんじゃないのかな」
(そう言うと思った) 想定通りの言葉が返ってきて、満足そうにハルは笑った。
 オープンカーが走り出す。地平線の彼方へと小さくなっていく車に向かって、少女は手を振り続ける。姿が見えなくなるとハルは鞄から出した写真立てに新たな写真を差し込み、走り寄ってきた二人の子供達と一緒に、村へ帰っていった。



 ――あの日から私は林に行かなくなった。今でも時々「また会えるかも」と思う事はあるけれど……戻りたくなかった。泣いてばかりで待ってばかりで、動かなかったせいで大事な物を失くしてしまった自分に。
 あの二人と再会する事は無かったけど、教えてくれた事と、出会えた奇跡を忘れない。
 私もフィルアースで、生きているから。
 この怨恨に満ちた世界は、差別と理不尽に溢れている。それでも諦めないで探してみたら、きっと何でも何処かで見つかる筈だから。
 彼が「幸せの土地」の答えに辿り着くのは、未だずっと、ずっと先。――

【Truth0 了】