忘れ物 〜side A〜

 

 うぃ~ん……ガガン……ゴゴン……ガガン……ゴゴン……

 

 可愛い騒音をあげながら、あたしの目の前の上り電車は去って行った。

 いつもだったら降りた電車を見送るなんて事はしないのになぁ……。

 

 そして、呆然と立ち尽くしていた。

 

 あ~あ。

 …………。

 

 ……それにしても電車の音って可愛いなぁ……心地好いから眠れちゃうんだもんなぁ。可愛いよ~……。

 

 ………………。

 

 いや、違うって!

 人間、呆然としちゃうと『どうしよう……!』って思った事よりも、本当にどうでも良いような事を考えちゃうもんなんだなぁ……。

 

 というのも、あたし、たった今、ものすごくお気に入りの傘を電車に忘れて来てしまったのだ。

 

 雨の日って、何故か気分も沈みがちだから……と、お気に入りの傘で出てきたんだけど。

 電車に乗ってる内に雨が止んじゃって。

 傘を持って来てたって事をすっかり忘れてたんだよね~。

 

 で、駅で降りたのは良いけど、電車のドアが閉まった時に忘れて来た事に気付いて……。

 時すでに遅し、だったわけ。

 

 どうしようか……。

 

 そう思ってた時、また雨が降り出した。

 曇ってるけど明るくなってきたから、もう降らないかと思ってたのに。

 

 あたしはますます途方に暮れた。

 

 その時。

 あたしの背後に下りの電車が到着した。

 この駅では、上り電車が行ってから下り電車が来るまで、だいたい8分。

 というのも、よく乗り過ごしてしまうので、そういう時刻に関してはちょっと詳しいよ。

 

 ……そうか……8分経っちゃったのか……。

 

 何気なく、背後で開いた電車のドアを見た。

 あたしは目を見張った。

 

 だって、あたしが今見送った電車に忘れてしまった傘を見つけたからだ。

 

 でもまぁ、あれもお店で買ったんだもん。同じ傘を持ってる人が居ても当然よね。

 

 と、傘を持ってる人を見上げると、男の人だった。

 

 ……え?

 あの傘を男の人が持つ……?

 しかも、結構イケメンだ……。

 

そう思っている間もなく、その男の人はあたしの前に立った。

 

「……良かった……」

 

 遠慮がちに、でも何故か少し息を切らせて、その人はあたしに話し掛けてきた。

 

「……?」

 

 何のことやらサッパリわからず、目をパチクリさせるしかないあたし。

 

「キミ、この傘、電車に忘れたでしょ?」

 

 そう言って彼は手にしていた傘をあたしに差し出した。

 

「あ……! それで……?」

 

 あまりの事に言葉がうまく出て来ない。

 もっと気の利いた言葉は浮かばないのか、あたし!

 

「それじゃ、僕はこれで」

 

「あの……! ちょっと……!」

 

 彼は傘を受け取ったあたしにそう言い残して去ろうとした。

 

「あの……傘……ありがとうございました」

 

 やっとの事で言った言葉がそれか? あたし!

 

「いや、電車の中で気付いてたの、僕しか居なかったみたいだしね。

 まだホームに居てくれて良かったよ」

 

 そう言ってにっこりほほ笑む彼は、ホントにさわやかで。

 あっという間にあたしは彼の虜になってしまった……。

 

 ぼ~っと見惚れていると、上り電車がホームに入って来た。

 

「それじゃ、また」

 

「本当に……ありがとうございました!」

 

 彼は電車に乗り込むと、ドアはキュイーンと可愛い音を立てて閉まった。

 あたしはゆっくりと動き出した電車を見えなくなるまで見送っていたのだけど。

 ふと、彼が最後に口にした言葉を思い出した。

 

『それじゃ、また』

 

 ……え? 『また』?

 

 そう。

 この後、かなり早い内にあたしと彼は電車の中で再会するのだけど。

 あたしはこの時、まだそんな事になるとは知らなかったのだ。