オレ達が滞在するのを決めたのは、街の中心から少し離れたところにある『水鳥の宿』という大きな宿屋。
泊まる部屋は二階で、階段からもっと離れている奥の部屋だった。
鍵で部屋の扉を開けて、中へ入る。
先にイルーファが部屋へ入り、扉から真正面にある両開きの窓を開いた。
オレも、その後に続いて開かれた窓へ向かい、外の景色を眺めた。

「・・・・・・いい眺めだ」

オレは大きく頷く。
先程、宿屋の気前のよさそうな女将さんに、ここは二階だが、この街一体を眺めるのには丁度いい場所だ、と言われた。
青天の下、大きく羽ばたく白い鳥、中央の大通りの賑わう人々。
街の中心に位置する、レンガが敷き詰められた道がある大きな公園。
そして、そこにある空っぽの大きな噴水設備。

『・・・・・・半年前ぐらいからかね。ここは、酷い水不足なんだ。
この前の雨期にも、雨が一滴も降りゃしない。全く、水の聖都の名が泣くわ・・・・・・』

先程、宿屋に入って受付をしているときに聞いた女将さんの言葉が蘇ってきた。
やはり・・・・・・この街に入ってから、あちこちにある公共の水道の周囲は閑散としていた。
一応、井戸の姿も幾つか見かけたが、周りを囲む石垣がボロボロに風化して、ほとんど使われていない状態だった。
オレは窓から見える景色から目を放し、持って上がった水の入ったコップをベッドの横に設置されているサイドボードへゆっくり置くと、持っていた荷物をベッド横の床へ下ろす。
今、この街では水を買うのに大金が必要な状態だが、この宿屋は幸いまだ井戸から水は出るということで、少し水を分けて貰えた。
・・・・・・料金つきで。
イルーファも自分の荷物を下ろすと、オレの方へ目を向けた。

「ところでルイシャ。その水、どうするんだ?」
「ああ、これの為だよ」

オレは、首にかけて上着の下にいつも隠しているものを、イルーファに見えるように取り出す。
小さな鎖に繋げられているそれは、小さな石ころぐらいの大きさで、クリスタルの如く透き通り、その中には複数の色の渦が火花を散らしながら混ざり合っている。

「ここに来るまでに、魔法を何回か使っただろ?
その使った分だけ、この『タリス』の中に力を補給するのさ」
「・・・・・・なるほど、それに水を使うのか」

そういうこと。
この世界の魔法とは、単に自分の中に秘めた魔力とかの力を使って術を操るような、便利極まりないものではない。
オレ達の扱う魔法は、外部の力、世界の元となる力を使うもの。
この世界の元となる力。
それは、人間のみが扱うことを許された『火』、全ての生命の源でもある『水』、多くの植物を育む母なる大地の『土』、数々の時代と共に駆け抜ける『風』の四つの力と、この世のあらゆるものに温もりを与える『光』、常に影として光を支え、全てに安らぎを与える『闇』の合計、六つの力。
その力を、属性使いは『タリス』という特殊な石に吸収させる。
その吸収した力を、必要な時に取り出し魔法として使う。
でも、その力は永久ではない。
タリスは力の貯蔵庫みたいなものだから、消費した力は戻らない。
だから、消耗した力だけ、再び補給しなければいけないのだ。
という訳で、属性使いは自分のタリスを定期的に火や水の中に入れたり、土の中に埋めたり、風にさらしたりする。
なお、光と闇の場合は日光に当てたり、夜に月明かりに当てたりすればいい。
まあ、魔法についてオレが知ってるのはこの程度かな。
オレは、タリスにつけている鎖を首から外し、コップの中の水につける。
タリスは小さく音を立てて、水底へ沈んだ。
そのまま側のベッドへ座り込み、これを眺めていたオレの重い気持ちも、同時にどぶんと沈む。

「・・・・・・しばらく、水系を使うのは控える」
「だな。それだと、金がいくらあってもやりきれないだろう」

このコップ一杯の水、約二百ミリリットル程度の値段が銀貨五枚なのだが、オレのスマイルと滑らかな舌の活躍のお陰で、銀貨三枚に値下げ成功したのだ。
ほんの少し前の、オレの財布の中は銅貨が十二枚程度、銀貨は九枚、金貨が嬉しいことに三枚。
銀貨三枚という金額は、オレにとって決して払えない金額ではなかった。
ちなみに、一般市場のリンゴは三つ銅貨二枚。
銀貨三枚あれば、馬一頭を買ってもまだお釣りが返ってくるほど。

すなわち! ここの水はもの凄ーく高くて、もの凄ーく法外な値段ってなわけだ。

でも、オレにはそんな法外な値段の水でも、自分のタリスのために買わなければならなかった。
ちなみに、この水を買っただけで一ヶ月分の仕事の報酬のほぼ全額消えてしまった。
こんなオレを上から見下ろす形になっているイルーファは、小さく嘆息。
何か言葉をかけようと口を開きかけたその時、

コンコンッ

扉を軽くノックする音が聞こえた。宿屋の女将さんが、何か言い忘れたのだろうか。
オレはベッドから立ち上がり、扉の方へ向かおうとしたが、横から伸びてきたイルーファの右腕に遮られる。
顔を見ると、顔からは感情が読み取れないが・・・・・・かなり警戒している。
このようにイルーファが警戒しているということは、扉の外にいるのは女将さんではない。
なら、一体誰だ?