「誰だ?」
抑揚のない、冷たい声。
「あんたら、運び屋なんだろ?
しかも、丁度ヒマらしいじゃないか」
イルーファとは対称の軽い声。
だが、こんな時にこんな喋り方をするとは・・・・・・相手は、ごく普通の本当に明るくて呑気な性格の人ではなさそうだ。
「・・・・・・」
「あー、失礼。さっき、下での会話を聞いててね。
ちょっとお話したいんだけど、中に入っていいかな?」
「・・・・・・」
イルーファはオレの方へ顔を向け、意見を求めている。
オレは、手のひらを天井へ向けるように小さく上げて肩をすくめる。
どちらでも。そっちの考えに任せます。
「分かった」
「どーも」
扉が開く。現れたのは、オレ達よりも一回り大きな青年。多分十八歳程度だろう。
白銀のボサボサ髪に、薄氷色の瞳。
どこか、冷たい極寒の地を思わせるような外見だが、口調はどこか緩いためか、妙に違和感がある。
「ふー、良かった。入れないかとヒヤヒヤしたよ。
ああ、オレはクレイ。あんたらに、ちょっと仕事のお話があってきたんだ」
「といいますと・・・・・・運び屋の仕事ですか?」
すかさず、営業スマイル&真面目少年モードへ。
「まあ、そんなもんだ。ちょっと特別なもんだけどな。構わないか?」
「話の内容によりますね。どのような御用件ですか?」
依頼人(?)のクレイは、やや気まずそうな表情に。
「あー・・・・・・悪いけど、ここだと言えないんだ。オレは依頼主じゃないからな」
クレイは、右手の拳で親指を天井へピンと立てる。
「この上に、本当の依頼主がいるんだ。内容は、直接向こうから聞いてくれないか?」
つまり、クレイはここへ遣わされただけのようだ。
だがイルーファは、依然警戒を緩めていない。
「・・・・・・どうする?」
イルーファは、クレイに聞こえないぐらいの小声で、唇を動かさずに尋ねる。
その返答をするように、オレはイルーファの前へ出て、小さく頷く。
「・・・・・・分かりました」
その返答を聞いて、クレイは口元を緩める。
「どうも。じゃあ、ついて来てくれ」
クレイが移動を始めたので、オレとやや複雑な気持ちを抱いたイルーファは、一旦部屋を後にした。
そのまま、オレ達は二階から更に上へ続く階段を上り、三階へ。
階段の真正面にある部屋の前でクレイは立ち止まり、オレ達の方へ向き直る。
「ここに、あんたらへの依頼人がいる。いいか?」
オレとイルーファは、小さく頷いた。それを確認すると、ドアを二回ノックした。
「オレだ。ノア、連れてきたぞ」
「構いません、入ってください」
クレイとは対称な、でもイルーファよりも更に落ち着いている声が聞こえた。
その声を確認すると、クレイはドアノブを回し、扉を開けた。
先にクレイが入り、続いてオレ、最後にイルーファが入り、クレイが扉をすかさず閉める。
前方には、誰かが中央にあるテーブルの側のイスに腰掛け、のんびりと何かを書いていた。
砂色の髪に孔雀石の様な瞳。大人びているものの中性的な顔立ち。
そして、どこか古風な雰囲気を纏っている。どこかの貴族だろうか・・・・・・。
オレが、様々な思考を張り巡らせているその刹那、
「おやおや、ようやく連れてきたのですか?
まあ、私の部下としては、上出来でしょうね」
オレの中で固めていたイメージに、大きなヒビが派手に入る。
「部下・・・・・・?」
イルーファが小さく首を傾げる。
「おや、五番目の助手でしたっけ?」
ノア、と呼ばれた人は、ニコリと眩しいぐらいの笑顔を依然保ったまま。
だが、それと対称にクレイは身体全体を震わせている。そして、とうとう怒りが爆発。
「お前なぁ・・・・・・オレは部下じゃないし、五番目の助手でもない!
オレはコイツの相棒だぁー!」
クレイの叫びは、前半の言葉はノアに対して、後半の断言はオレ達に向けたもの、だろう。多分。
「まあ、その辺にしてくださいよ。横の御二人が混乱するじゃありませんか」
ノアは依然不気味なほど眩しい笑顔を保ったまま、立ち上がる。
「初めまして。私はノア・F・エンティア。王都から来た、一応国家の役人です」
オレも、同じように営業スマイルで対抗。
「初めまして、ルイシャと申します」
「・・・・・・イルーファだ」
お互いの自己紹介が終わると、ノアはオレを見ながらまたくすりと笑う。
「おや、私と同じようなルイシャ君がそのような口ぶりをするは・・・・・・少々虫唾が走りますね」
ふむ・・・・・・どうやら、ほんの少し前に出来上がったオレの中でのノアの印象を、ほぼ全部書き換えねばならないようだ。
一応、オレなりの解釈だ。
一見大人びたように見えるが、それは実は仮の姿。
本来の姿は、オレ並みに性格は悪そうだ。
ノアは、更に言葉を続ける。
「ちなみに、その眼鏡は自分の性格を抑えるためでしょう?」
「なるほどね。あんたは何でもお見通しって言いたいようだな。ご名答」
オレは、かけている眼鏡を外す。だが、オレの視界は全然悪くならない。
なぜならば、オレの視力は両目とも二・〇。
「ほぉ、それは元々自身の能力を抑えるものですね。
過剰な力は自らを滅ぼす、ということでしょうか?」
まあ、そんなところだ。それにこれが無いと、性格が悪くなるので、仕事自体が出来ない。
さて、本性が見破られているのなら、無理に口調を丁寧にする必要も無いな。
「で、あんたらは、オレ達に一体どんな用件が?」
「簡単に言いますと、私をとある場所まで連れて行って欲しい、ということです」
「・・・・・・目的地は?」
ノアは、閉められている窓の外へ顔を向ける。
何があるのかとオレとイルーファは窓へ駆け寄る。
そこには、巨大な屋敷が。
「あの屋敷の中心部、です」
オレ達のいる空間に、一時沈黙が流れた。
まず、オレとイルーファは顔を見合わせ、依頼人の方へ向き直る。
「「・・・・・・はい?」」
「ああ、あの家は私のものではなく、この街の大富豪であるローカントという者のものです。
彼から、あるものを取り返さねばならないのですが、どうも私とクレイだけでは人手が少なくて・・・・・・。
勿論、料金はお払いします」
「・・・・・・はぁ」
あぁぁ・・・・・・何だか、よく分かんないことに首を突っ込んでしまったようだ。