最初に動き出したのは、イルーファだった。
祭壇の窪んでいる部分の縁を階段のように一気に駆け上がり、そのままの勢いで飛び上がり、頂上付近に漂っている煌霊へ向けて剣を振り下ろす。
向こうは何事も無いように、少し移動してかわす。だが、イルーファも負けてはいない。祭壇の頂上へ一旦着地すると、今度は横に剣でなぎ払う。
しかし、この攻撃もラフィンシアは軽々とかわしてしまう。

「油断するな! 向こうの攻撃が来るぞ!」

相手の一瞬の隙を突いて、ラフィンシアは右手に集めた水をイルーファへ向けて放った。
剣で受け止めようとしたらしいが、相手は水。
すぐに剣を通り抜けてイルーファの身体へ直撃。
そのまま垂直に、地面へ叩きつけようとした。

「くぅっ!」

イルーファの身体が、地面へ真っ逆さまに落下していく。
まずいっ! オレは急いで風を呼び出そうとするが、魔法を発動させるための呪文が唱えきれない。
そのままイルーファの身体は、重力に従って地面に直撃・・・・・・するはずだった。
だが、イルーファが地面へ直撃する寸前、あいつの身体の周囲に風が吹き、その風に乗ったイルーファの身体は、ゆっくりと地面へ着地。
オレとノアは、急いでイルーファの側へ駆け寄る。

「イルーファ! 大丈夫か?」
「・・・・・・ああ」
『主ぃ、良かった! 大丈夫だよね?』

よく見ると、イルーファの側にはあの鷹がいた。
つまり、あの風はシルフが起こしてくれたってことか。

「シルフ、助かった。ありがとう」

イルーファが無事だったことにホッと胸を撫で下ろす。
だが、まだ完全には安心できるわけが無い。

「まだ、動けますか?」
「なんとかな。
でも、向こうがあんな風に飛んでいる限り、剣で攻撃するのは難しい・・・・・・」

最初のイルーファの攻撃で分かったことは、あの煌霊には普通の武器の攻撃は上手くいかない。
つまり、イルーファとノアの攻撃は不可能。まあ、イルーファの煌霊は別だけどな。
となると、今あの相手と対等にやりあえるのは、オレってことか・・・・・・やるしかないな。

「今度はオレが行くよ」
「ルイシャ・・・・・・、」
「大丈夫だよ。あんな煌霊に負けるほど、オレの魔法は柔じゃないのは、お前がよく知ってるだろ?
ノア、イルーファを頼む」
「分かりました」

オレは、イルーファを吹っ飛ばした煌霊の方へ身体を向ける。そして、

「――――――――――・・・・・・駆け抜けろ!」

イルーファを助けるために使おうとした魔法の呪文を途中からまた唱えて、右手を大きく振り上げる。
その手の動きに合わせてオレの手から風が起こり、刃のような形となってラフィンシアへ放たれた。
ラフィンシアはすぐに自分の前へ水の壁を作って風を防ぐ。

「へぇ、結構やるみたいだな」
『ここは水の力が豊富にある。水がある場所で私と戦っている以上、貴方に勝機は無いわよ』
「そんなもん、やってみなきゃ分かんないだろ」

オレは素早く呪文を唱え、再び風の刃を放つ。
今度は両手を使ったので二発同時だ。だが、これも向こうは水の壁で防いでしまう。

『甘いわね。それに、思っていた以上に力も弱そうだし』

今度はラフィンシアが先に動き始めた。
自分の周囲に水を集め、しばらく見ていると水が徐々に氷へと変わっていく。
そして、最後には何百本もの氷の針がラフィンシアの周囲を取り囲んでいた。
うん、さすがにこの光景はオレにとっては佳良ではない。非常に、まずいな。

『そろそろ、本気を出させてもらうわね。
私も、あんな狭苦しい石の中に戻るのは、いやだから』

ラフィンシアは、右手をオレへと向ける。
そして、オレ達ににこりと笑いかけると、周囲の氷が一気にオレ達へ降り注ぐ。
右から、左から、前から、後ろから、上から。
死角など、存在しない。
ふっ・・・・・・だが、甘い!
オレは眼鏡を外してポケットへ入れて、両手を前へ突き出す。
そして、早口で非常に短い呪文を唱えた。

「―――、出でよ・・・・・・疾刃(しっぱ)!」

オレ達を中心に強い風が起こり、ラフィンシアが放った氷の刃は、オレが作った風の壁に全て阻まれる。
切り刻まれた氷の粒が照明の光に反射して、光の粒となって空気中に漂う。
オレは右手を振り上げ、風の刃をラフィンシアへ放つ。
突然の反撃に、向こうは怯んだが、すぐにまた水の壁を作る。
しかし、今度の風の刃はラフィンシアの水の壁を切り裂いた。

『何・・・・・・っ!』

更に、オレはもう一度右手を振り下ろす。
再び生まれた風の刃を、またラフィンシアへと放つ。
今度は水の壁を作る時間が無かったせいか、今回は大きく右へ滑るように逃げた。

「あんたが本気を出すって言ったからな。オレの方も、それなりにやらないとな」
『貴方・・・・・・!』

どうやら、この攻撃に驚いているようだな。それもそのはず。
オレは、イルーファとノアを守るために一回、さっきの風の刃のために二回ほど、魔法を使った。
これで、魔法を使ったのは計三回。でも、オレが呪文を唱えたのはたったの一回。
明らかにおかしいのだ・・・・・・ごく普通の考えならば。

『貴方、詠唱は一回しか行っていないはずよ。
それなのに、どうして貴方は三回魔法を使っている! それに・・・・・・』

ラフィンシアは一旦言葉を区切り、オレを指差す。

『何故、貴方の周りにはまだ風が集まっているの!』

ようやく気付いたみたいだな。現在も、オレの周りには風が絶え間なく流れている。
今の魔法で生み出した風を纏っている状態だ。

「さっきあんたにお見舞いしてやった風の刃と、オレ達の周りに現れた風の壁。
そして、今オレが操っているこの風は、ぜーんぶ、一つの魔法だ」
『ふざけるな! 煌霊でもない人間が、そんなことできるはずが無い!
第一、そんな魔法など、存在しな・・・・・・まさか!』

そういうこと。そのまさかの、まさかだ。

「これはオレのオリジナル。オレ自身の意識が続く限り、半永久的に風魔法が使える魔法『疾刃』だよ。
これであんたと同等、いや、あんたより有利に戦える」

まさか、こんな時にこれを使うとは思わなかったなぁ。
普段は眼鏡かけていても、魔物ぐらいなら軽く撃退できるし、大抵はイルーファの援護に少し使うだけ。
まあ、久々にこれを使うのは、悪くはない。

『人間が、そんな高度な魔法を生み出すなど・・・・・・』
「あんたも本気出すんだろ? なら、このぐらいどうってことないよな!」

オレは、再び風の刃を相手へ放つ。まあ、向こうはしっかりと水の壁を作って対抗している。
けど、お互いいつまでの同じ攻撃をするとは限らない。

「――――――――」

周囲を囲っている風とは別に、オレ達の周りに炎が現れた。
炎は徐々にオレ達の真上へ集まり、大きな丸い塊となる。
そして、腕を振り上げた。

「―――――・・・・・・降り注げ!」

腕を振り下ろす。オレの合図に合わせて、炎の塊は一気に破裂。
塊からは、炎が槍の如く飛び出した。炎の槍は、そのままラフィンシアへと降り注ぐ。
右から、左から、上から、下から、前から、後ろから。
死角なんて、存在しない。
煌霊は自分の体全体に水の壁を作ったようだが、オレの炎を防ぎきれなかったようだ。
ラフィンシアの悲鳴が、部屋中に響き渡る。
随分苦しそうな声が聞こえるが・・・・・・実を言うと、この攻撃は見た目の迫力ほど、相手には大したダメージは無い。
オレは、向こうに自分が本気を出すなんて事を一言も言ってない。
これでも、かなり手加減していた方だ。
もしも、ここでオレが本気で魔法を使っていたら、この屋敷どころか、敷地全体がとんでもない事になっていただろう。